あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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ネコ、活躍する

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 螢介がとらわれの身となったころ、野良猫として校庭にしのびこみ、雪里少年の情報を集めるネコは、教員室の窓が開いていることに目をつけた。そろりそろりと花壇にもぐり、ぴょこんッときき耳をたてる。


 ……また……のクラスの……が、傘を持ってきましたわ。ええ、そのようですね。……こ先生は、きょうの天気予報をご存じなくて? いいえ。……まあ、それでしたら、……の生徒に……を注意してくださらない? なぜですか。だって、こんな陽気に傘なんて持ってこられたら……が台無しだわ。それは、生徒には関係のないことです。……あら、そうは思いませんわ。わたくし、あの生徒が校庭の砂場で、なにをしていたのか、知っていますのよ。砂場とは? あれはいつの日だったかしら。放課後……くんが砂場にしゃがんで、木の枝で文字のような記号のようなものを書いていましたの。とても熱心な横顔でしたから、近づいて声をかけようなんて考えは、これっぽっちもありませんでしたわ。……それで。ええ、ですからね、あの子が去ったあと、もういちど見にいきましたの。なにが書いてあったと思います? ……さあ。わたくしの口からは、とてもじゃありませんが、お話できませんことよ。


 女と男の声がいりまじる。ひとりの生徒について意見を交わしていたが、予鈴が鳴りひびくと、教師たちは廊下へと出ていった。

『にゃにゃ、かさをもってきたせいと、、、とは、ゆきさとしょうねんのことか? はれのひにかさをもちあるくのは、たしかにめだつからな。こうていのすなば? ふむ、しょうねんは、いったいなにをかいていたのだ?』

 花壇を抜けだすネコは、校庭の西側にある砂場へと向かった。硬いコンクリート製の枠に、排水性のよい山砂が敷いてある。じっと見つめていると、風が強く吹いてきた。枯葉がネコの足もとに舞い落ちたとき、ボコッと砂場の地面がもりあがり、火山のように噴火して、四辺あたりに黒い石が飛び散った。ネコは、ひらりとかわして打撃を回避する。雷雲の気配はないが、一瞬、稲妻がひらめいた。明るい空に、銀の筋が浮かぶ。

『むむっ、これは、あまごい(雨乞い)のじゅぐ、、、ではないか! にゃにゃーっ!』

 全身が痺れるようなビリビリとした静電気に身をすくめるネコは、脱兎のごとく校舎を走り去った。

『いかんのだ、これはいかんのだ! はやく、けいすけにしらせねばならんのだ! あのしょうねんは……、ゆきさとのははおや、、、、は、さいしょから、けいすけをねらって、、、、いたのだ! そのかさ、、をみつけてはならんのだ! けいすけーっ! けいすけーっ!!』

 まだ雨はふっていない。ネコは螢介のにおいをたどり、傘をとりあつかうみせへ急ぎ足で到着した。

『むむっ、におうぞ。けいすけのにおいがする! ここに、いるのだな。……いる……のだな?』

 なにかが、おかしい。ネコが嗅ぎつけたにおいは、たしかに螢介の生活反応だが、よけいなものがまじっている。

『けいすけ……ではない?』

 ネコは看板の陰に隠れ、ようすをうかがった。坂道を、ひとりの女が歩いてくる。燕子花かきつばた単衣ひとえには、見おぼえがある。雪里の母親だ。蛇目傘じゃのめがさをさして、舗のまえで立ちどまる。ペロリと細い舌をちらつかせる女の影は、頭に角がある。うなじが見えるほど高く結ってある髪形が、うまい具合に角をかたどった。


『なんと、あのおんな、けしょう(化生)だったのか? もうけ(亡人)とは、おどろいたな。むすこ、、、をつかって、えさ、、となるにんげんをおびきよせていたのか。……はやく、けいすけをたすけねば!』


 雪里は、母親のために食糧をさがしていた。工場の荷物を輸送する仕事につく父は、雨の日に事故を起こし、ほぼ即死だった。残された母子は、ほそぼそとした暮らしを送っていたが、空蟬うつせみとなってあらわれた父に母のタマシイを喰われた少年は、とりもどそうとして、日付変更線を突きぬけてきた。ときおり、息子の帰りが遅くなる理由は、界面の移動が原因で、亡人もうけとなった母が立ちいることはできない。


〘つづく〙
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