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ネコ、活躍する
しおりを挟む「あれ、ちょっと待てよ。なあ、ネコ。おまえ、黒猫の姿にもどって、その辺をさぐったりできねぇのか?」
素朴な疑問を抱いた螢介は、直接本人にきいた。人型は目立つが、動物の猫ならば、地域のどこを歩きまわっても不自然ではないはずだ。校門が見える歩道橋で、次なる行動を考えていた螢介は、雪里少年が歩いてくる姿を目にとめ、「あれは……」と、つぶやいた。
天気雨がふるわよ……母親の云いつけをまもり、少年は淡青の傘を持っている(おれのものと似てるな)。舗道をすれちがう人影は、少年の手もとを見るたび、訝しげな表情に変わる。朝から快晴で、雨なんて、ふりそうもない。
青空から突然烟るような小雨がふると、視界が悪くなって道に迷いやすいため、狐に化かされたともいう。
「できれば雨がふるまえに、あるていどの情報がほしい。どうなんだ、ネコ。やれそうか?」
『ふっふっふ。あたしののうりょくが、ひつようなのだな。よいぞ。ひきうけてやろうではないか』
ネコは軽やかに身を跳ねた。地面に着地したときはもう猫の姿に変わり、タタッと駆けてゆく。螢介の足もとには、ネコが身につけていた眼鏡や浴衣が残された。螢介は、念のため持参した紙袋にしまい、少年が校舎へはいっていくようすを見とどけた。
「たのんだぜ、ネコ」
螢介は、さっそくネコと別行動を開始する。さきほどから傘の出どころが気になるため、商店街へもどった。……見まちがいじゃない。あの傘は、おれが持っているやつと同じものだ。
中学生のとき、淡青の色味が気にいって、量販店で購入した記憶があるため、看板を探した。……この時代にさかのぼって、その店があればの話だけどな。いまが何年何月かって、考えたくもないしよ。
さほど歩くことなく、目あての看板は見つかった。商品を売るだけでなく修理もあつかう店で、螢介がたずねたとき、ちょうど傘の依頼をひきうけていた。……いまの女って。
「いらっしゃい。なにかご入用かね」
当時はまだ大店の老舗とは呼べず、とりあつかっている品数は少なめで、天井の電灯も薄暗い。やけに鼻のしたをのばした老人が、手を揉みあわせながら近寄ってきた。……変なものを売りつけられるまえに、本題にはいろう。
「傘をさがしています。こちらに、置いてありますか?」
晴れの日に傘を求める螢介に、老人は「若いのに精がでるのう」と関心を示した。舗の通路には、微かな香料がにおっている。螢介とすれちがった女は、雪里の母親だった。此度の依頼人であり、夢のなかにも登場しているため、その顔だちは、ひと目で判別できた。会計をする帳場に、花柄の傘が立て掛けてある。……忘れものか?
老人は螢介の視線をたどり、「あいにく、あの傘は売りものではございません」と、わざとらしく首をふった。「ちょっとだけ、見せてもらえませんか?」「申しわけない。あれはお客さまからお預かりしたものですので、こちらの一存では応対できません」「少しでも?」「はい」「……残念だな。あきらめるしかないか」「修理を要する傘ですから、じきに細部までお目にかかれるかと」「どういう意味だ?」「ですから、骨を接ぐさいは、中身をひろげますでしょう。ふだんは隠されている天紙を、見ることができるのです」
老人はそういって、螢介の腰へ視線を落とした。まるで、裏庭のウロコをさぐっているような目つきに、ゾッとなる。──傘の天紙とは、内側からのぞいたとき、てっぺんに見える歯車状の生地のことである。ふだん意識して見ることもない部位だが、重要な役割をはたしている。
螢介が思案顔になると、老人はのそのそと歩いて帳場に坐ると、傘を手にとって、その場でひらいた。鮮やかな潤朱の生地は、女の色香を漂わせる。漏水にぬれて歩く女の姿を想像した螢介は、ほんの一瞬、血迷った。
「ほっほっほ、若いの。ずいぶんと顔色が悪いですな。奥の間でお息みなされ」
……しまった、罠か!? 螢介の意識は、強制的に奪われた。
〘つづく〙
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