月冴ゆる離宮

み馬

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第二部

花咲く果実⑷

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 閉ざされた離宮では、24人の姫君コンジュが集団生活をいられている。アセビは、山間やまあいの小さな村で女騎士として剣技にはげむうち、エリファスという既婚者きこんしゃの男をしたうようになった。リヤンムスカの進軍が開始される前、各地域ごとに自警団じけいだんなどが存在し、いざという時の兵士として訓練されていた。それぞれ規模きぼは異なるが、誰もが自国の領土を奪われまいとして武器をとり、帝国軍と衝突した。

(しかし、リヤンはなぜ、大胆な行動にでたのだろう……。そもそも、昔から多少の紛争は勃発ぼっぱつしていたはずだ。それなのに、わざわざ危険に身を投じてまで、地方のうちわもめ、、、、、に首を突っ込む必要があったのか?)

 考えごとをしながら透廊すいろうを歩いていると、男まさりな体躯をした〈ヒルダ〉に声をかけられた。

「リュンヌさま! 下を向いて歩かれては怪我をするぞ」

「ヒルダではないか」

此度こたびは名誉ある任をいただき、光栄のきわみなり。本日より、あたい、、、皇太子グレンさまの付人つきびととなったゆえ、リュンヌさまにご挨拶を申し上げる!」

 ヒルダは、もともと武術家の女人にょにんで、大王殿だいおうでんの門番を担当していた。がっしりとした肉づきだが、無駄な脂肪はなく、胸はアセビより小さい。編み込んだ髪を頭部で丸めているため、パッと見は、男のような顔をしていた。

「早速、リヤンの指示があったのだな。そなたが、グレンの付人を引き受けてくれるとは、ありがたい話だ」

「もったいなきおことば。〈ヒルダ・タピフ〉のいのちは、これより皇太子さまだけのもの。いざ、おそばに参らん!」

 ヒルダは、片膝をついて礼儀を示すと、アセビと共に紫寝殿ししんでんへ向かった。ちなみに、寵主ハイムの立場は皇帝の第二夫人につき、男の護衛兵士が付くことはない。また、皇宮の限られた建物しか移動できない身なので、外部の人間に襲われる可能性は低く、当初からクオンとシルキがいるため、専属の女官も必要なかった。

(わたしもだいぶ、皇宮ここでの生活に馴染なじんできたな。さすがに、3年も暮らせば、隠されたものが見えてくる……)

 断じて、アセビはジュリアンの救出に失敗したわけではない。寵主になってこそ、できる発言や行動がある。罪人として捕まった以上、死を覚悟した過去は、とうに過ぎ去った。むしろ、リヤンの腕に抱かれ、グレンを出産し、育児に追われる日々は充実じゅうじつしていた。

(……ふん、見ていろよリヤンめ。従順なふりをしているのは、今のうちだけだ。わたしには大事な使命がある。エリファスさまと交わした約束は、必ず果たす。……グレンの将来も、よく考えておかねばならんな)

 3日後に、グレンは帝位の第一継承者として正式に認知される。それはアセビにとっては身に余るほど名誉な事柄だが、素直によろこべなかった。

(……自ら腹を痛めて産んだグレンをいとおしいと思うのは当然だ。……しかし、父親はどうだ? わたしは、リヤンをあいしているのだろうか……)

 皇帝に対する気持ちが定まらず、胸の奥がモヤモヤするアセビは、無意識に深い溜め息を吐いた。好きでもなければ、嫌いでもない。リヤンの存在に頭を悩ませる現状が、意外でならなかった。
 

✓つづく
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