24 / 66
第二部
花咲く果実⑷
しおりを挟む閉ざされた離宮では、24人の姫君が集団生活を強いられている。アセビは、山間の小さな村で女騎士として剣技に励むうち、エリファスという既婚者の男を慕うようになった。リヤンムスカの進軍が開始される前、各地域ごとに自警団などが存在し、いざという時の兵士として訓練されていた。それぞれ規模は異なるが、誰もが自国の領土を奪われまいとして武器をとり、帝国軍と衝突した。
(しかし、リヤンはなぜ、大胆な行動にでたのだろう……。そもそも、昔から多少の紛争は勃発していたはずだ。それなのに、わざわざ危険に身を投じてまで、地方のうちわもめに首を突っ込む必要があったのか?)
考えごとをしながら透廊を歩いていると、男まさりな体躯をした〈ヒルダ〉に声をかけられた。
「リュンヌさま! 下を向いて歩かれては怪我をするぞ」
「ヒルダではないか」
「此度は名誉ある任をいただき、光栄の極みなり。本日より、あたいが皇太子さまの付人となった故、リュンヌさまにご挨拶を申し上げる!」
ヒルダは、もともと武術家の女人で、大王殿の門番を担当していた。がっしりとした肉づきだが、無駄な脂肪はなく、胸はアセビより小さい。編み込んだ髪を頭部で丸めているため、パッと見は、男のような顔をしていた。
「早速、リヤンの指示があったのだな。そなたが、グレンの付人を引き受けてくれるとは、ありがたい話だ」
「もったいなきおことば。〈ヒルダ・タピフ〉の命は、これより皇太子さまだけのもの。いざ、おそばに参らん!」
ヒルダは、片膝をついて礼儀を示すと、アセビと共に紫寝殿へ向かった。ちなみに、寵主の立場は皇帝の第二夫人につき、男の護衛兵士が付くことはない。また、皇宮の限られた建物しか移動できない身なので、外部の人間に襲われる可能性は低く、当初からクオンとシルキがいるため、専属の女官も必要なかった。
(わたしもだいぶ、皇宮での生活に馴染んできたな。さすがに、3年も暮らせば、隠されたものが見えてくる……)
断じて、アセビはジュリアンの救出に失敗したわけではない。寵主になってこそ、できる発言や行動がある。罪人として捕まった以上、死を覚悟した過去は、とうに過ぎ去った。むしろ、リヤンの腕に抱かれ、グレンを出産し、育児に追われる日々は充実していた。
(……ふん、見ていろよリヤンめ。従順なふりをしているのは、今のうちだけだ。わたしには大事な使命がある。エリファスさまと交わした約束は、必ず果たす。……グレンの将来も、よく考えておかねばならんな)
3日後に、グレンは帝位の第一継承者として正式に認知される。それはアセビにとっては身に余るほど名誉な事柄だが、素直によろこべなかった。
(……自ら腹を痛めて産んだグレンを愛おしいと思うのは当然だ。……しかし、父親はどうだ? わたしは、リヤンを愛しているのだろうか……)
皇帝に対する気持ちが定まらず、胸の奥がモヤモヤするアセビは、無意識に深い溜め息を吐いた。好きでもなければ、嫌いでもない。リヤンの存在に頭を悩ませる現状が、意外でならなかった。
✓つづく
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
24
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる