月冴ゆる離宮

み馬

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第四部

雪のように⑵

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 誰かに、肩を揺り動かされた。ぼんやりと目を覚ましたアセビは、離宮の入口で足止めを喰らう中、うたた寝をしてしまったことに気がついた。ハッとして顔をあげた先に、クオンの姿があった。

「リュンヌ、こんなところで居眠りとは、相変わらず神経が図太ずぶといな」

 開口一番、小馬鹿にされたが、クオンの恰好かっこう余所行よそいきの詰衿つめえりにつき、皇帝と重なって見えた。きちんとした身装みなりは、リヤンと等しくうるわしい男である。夢の中で子守唄を歌っていた人物とは思えないほど、落差が激しい。

 アセビは反射的に身構えたが、クオンの背後に立つエルツではなく、もうひとりの人影と目が合った。

「だ、誰だ……?」

拝謁はいえついたします、寵主ハイムさま。私はシナ、、の騎士がひとり、〈ミュル・ジン〉と申します。以後、お見知りおきを」

 白い肌の女は、エルツと似たような短甲を身につけており、腰に帯剣していた。女騎士であることは間違いないが、シナという地名は、首都フィグムからずっと東に位置する小国につき、皇宮に出身者がいるとは思わなかった。皇帝の第二夫人であるリュンヌを前にして片膝をつくミュルは、隙のない姿勢で丁寧に頭をさげた。

「……クオンよ、わかるように説明せよ。彼女はなぜ離宮ここへ? ミュルというその者は、部外者ではないのか? 離宮りきゅうに近づいて平気だとでも?」

「ああ、彼女は問題はない。おまえはいつか、離宮りきゅうの門をひらくだろうと思っていた。その時は、おれを待つよう、エルツこいつにも伝えてある」

 アセビは、兵士を指差して笑うクオンを見て腹が立ち、思いきり平手打ちを放った。バチンッと鈍い音に、エルツとミュルはぎょっとしつつ、よろめいた医官へ腕を差しのべた。

「クオン医官!」と、エルツ。
「クオンさま!」と、ミュル。

「この不届き者め、いい加減そのヘラヘラしたツラをやめぬか! 不愉快ふゆかい極まりないのだ!」

 憤慨するアセビが再び腕を振りあげると、エルツがクオンとの間にはいり「落ちついてください!」と、緊迫した状況に口を挟んだ。

寵主ハイムさま、どうか、お気をしずめてください! クオン医官は、ずっと前から寵主さまのために奔走ほんそうしていました! ですから、どうか、話を聞いてください!」

「わたしのためだと? それは、なんの話だ? いったい、おまえたちは何をしているのだ!? 離宮とは、なんのために建てられたのだ!? クオン、今すぐ説明しろ!!」

 閉ざされた離宮に、アセビのけわしい声が響き渡ると、ざわざわと強い風が吹き抜けた。中庭に咲く白い花が散り、雪のように空を舞っていた。


✓つづく
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