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小話
グレンハイト
しおりを挟むムスカリ帝国の初代皇帝と、身分は低いが寵主に成り上がったリュンヌ・ギアとのあいだに産まれた第一子のグレンハイトは、すくすくと元気に育ち、4歳になっていた。
6歳になると戴冠式が行われ、8歳になると朝議に同席し、10歳になれば軍事訓練が始まる。13歳で妃后を迎え、15歳で初夜を経験する。ふだんは教育官から文字や算数、国造りなどを学び、休みの日は女官のヒルダや付人のシルキと共に中庭を駆けまわり、父親を捜して大王殿を探検した。
皇太子として産まれた瞬間から、グレンハイトの進む道は細かく定められており、それは不憫にも思えたが、立場ゆえの運命である──。
「グレンよ」
「母上さま!」
現在、皇太子が住まう寝殿には、1日1回の訪問が許されているアセビは、薄っすらと空に月が浮かぶ時刻に足を運ぶようにしていた。きょうも1日、我が子がどのように過ごしたのか、少しの成長ぶりを見届けるためである。
「元気そうであるな」
「はい、母上さまもお元気ですか? ヒルダから、離宮へ引っ越したと聞きました」
わずか4歳だというのに、しっかりとした口調で喋る姿は立派なものだった。しかし、無意識に憂いを帯びた表情となるアセビは、「見よ」といって、白い月を指差した。
「今はまだ雲に隠れているが、やがて光を放ち、夜を照らすだろう。空に浮かぶ月や星を手に入れることはできないが、ふと見あげたとき、美しいと思うがままに在り続けるものだ。……グレンハイトよ、そなたは、この帝国の月光となるのだ。大地に生きる人々は、あたたかい太陽に感謝もするが、時には絶望もする。あの小さな月が金色にかがやくとき、涙と傷にまみれた人々は立ちあがるだろう」
「母上さま、それは、どういう意味ですか? ぼくは大きくなったら、お月さまになるのですか?」
「気持ちの問題だ。そなたは、いかなるときも弱者の存在を忘れてはならぬぞ」
「なんだか、むずかしいお話ですね……。よく考えます……」
「うむ、それでよい。月は、いつでもそなたを見守っている」
アセビはグレンの肩を抱き寄せると、小さな手に託された未来が、少しでも長く平穏であることを願った。
✓つづく
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