月冴ゆる離宮

み馬

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第四部

雪のように⑷

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 共同体において重要なものは、道徳意識であり、法に反して他の利福を奪おうとする者は、統制にそむく行為につき、厳罰にしょす必要がある──。


 離宮にて、首を長くして待つアセビは、帝国の観念体系について、真面目に考えた。

(……こんなふうに悩むのは、皇宮に未練があるせいか? ……それもそのはず、グレンを置いて、本当に去れるのだろうか。いくら温厚おんこうなルリギクとて、無責任な国母だと、わたしを軽蔑するだろう)

 渋い顔つきになるアセビの隣に座るクオンは、くすッと笑った。

「リュンヌは、女にしておくのはもったいない気性だな。そう思わないか、ミュル」

 行儀よく「はっ!」と返事をするミュルはシナ国の女騎士で、アセビより歳上としうえに見えた。

「そういえば、クオンは、どこへ行っていたのだ? 今朝、わたしのところに膳を持ってきたのは、見慣れぬ女官だったが……」

「ああ、ミュルから書状が送られてきたからな。緊急を要する内容だったゆえ、夜のうちに片付けてきた」

「書状とは、どんな?」

 アセビが問い返すと、クオンはミュルに目配むくばせをした。すると、ミュルはガタンと椅子を立ち、アセビの脇まで歩み寄り、短甲の内側から書状を取りだした。

「どうぞ、寵主ハイムさま。こちらをごらんください」

 頭をさげて差しだされたアセビは、怪訝な顔をして受け取った。書面の文字は達筆たっぴつすぎて難読だが、部分的に内容を読み取ることはできた。

(……賄賂わいろ……不正ふせい、……これは、密告のたぐいか?)

 アセビが書状から顔をあげると、兵士のエルツと目が合った。サッと、すぐに向こうから顔をそむけたが、なんとなくきびしい視線を送られていたような気がした。寵主の立場は、誤解を招きやすい。皇帝に色仕掛けで取り入って、贅沢な生活を送っている。そんな陰口も聞こえてきた。もっとも、アセビは容姿端麗といえる見栄みばえの持ち主ではない。実際にその外見とふるまいを知る者は、根も葉もない流言うわさだと承知していた。

「クオンよ、書状これはなんだ? おぬしは、地方の高官を取り締まってきたとでも云うのか?」

「少しちがうが、似たようなものだな。小国の監視役に配置された姫君コンジュから、定期的に文が送られてくるが、人命にかかわる件は無視できないだろう? おれは皇帝の特使とくしとして、各地に赴くことができる」

 ふつう、各地域を訪ねる場合、身分にかかわらず通行料金を払う必要があり、商人など、移動する者は限られている。クオンは皇帝による委任状を所持しており、必要とあらば現地へ駆けつけ、問題の早期解決に尽力していた。そこで重要な役割を果たすのは、姫君の存在である。

「……まさか……そんな」

 ある推論にたどり着いたアセビは、書状を持つ指が微かにふるえた。真実を見出すことに成功した寵主に、クオンは静かに告げた。

「ようやく、ここまできたな。アセビ・バジよ」


✓つづく









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