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第8部
第131話
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※黒蛇の追憶
生物は進化や系統において、祖先群と子孫のあいだで、ミッシング・リンクという、失われた中間期がある。生みの親から予測される形態とは、まったく異なる生物は多様に存在しており、生命連鎖の系図をつなごうとしても、連続性の過程で突然変異なども起こるため、証拠となる化石や遺伝子が発見されないかぎり、進化の間隙は欠落しつづける。
生命の最初の誕生は陸上ではなく、海のなかだった。人間の身体組成においても6割以上が水分であり、生命の泉水は絶えず循環し、生態系に多大な恩恵を与えつづけている──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふわふわとしたなにかが、ゆっくり近づいてきた。水底に沈むわたしに、そっと口づける人物は、きれいな顔をした男である。薄い浴衣のような服を身につけているが、水流により重なっている部分がはだけ、下肢が見えた。
「……あんたは、誰だ?」
水中だというのに、なぜか声がでる。わたしは、わたしの呼吸が止まるまで、ただ、冷たい水のなかで静かに眠りたい。全裸であることを忘れていたが、相手の性別も男につき、気にしないことにした。
わたしは、死にたいわけじゃない。こうすることが自然だった。生きる目的を見失った以上、この身は水の泡となり、余計な自我は無に帰することが希ましい。わたしは、じきに消えてなくなる存在だ。それで構わない。
なにを、うらやむ
なにを、ねたむ
投げやりなしあわせは
うつろなまなざしに
闇をうつす。
呪われた世界で、
人を傷つけぬ愛はない。
血潮の赤いぬくみは
いのちの錆
生者と亡者がたわむれるとき
夢から永遠へ……
共に地上を目ざしましょう
死に面したわたしは、無意識に首をのばし、差しのべられた細い指に自分の舌を這わせた。すると、水底が隆起して、水位はわたしの腰が浸かるていどまで浅くなり、一瞬にして景色が変わった。月影が水面にゆらめく静かな夜、わたしは名前も知らない男と裸身で向かい合っていた。
「いったい、なにが起きている」
『ゆくべき道を知らぬおまえを、生きさせること。それが、精霊のすべてだ』
たとえ、その身に生まれたことを苦悩する日々がつづいても、夜の泉水を犯罪に巻きこんではいけない。水の精霊は、気の毒な男をなぐさめるかのように、もういちど口づけた。
今宵の逢引きは、奇蹟のはじまり。互いの瞳にうつるは、禍ごころと、ぬぐい去れない涙のしずく。とこしえにつづく生命の流転、長い季節と歪められた未来、おろかな行為と知りながら、彼らは手を取りあい、その結果、孤独と悲劇はくり返された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミュオンの正体は、人のカタチを成した水の精霊である。大地が緑を脱ぎ捨てる季節に(夏から秋へとうつりゆくとき)、水の精霊は、死に面したひとりの男を、ふたたび蘇らせた。その男は、はるかな流れをくだってゆき、新しい記憶と共に、星を散りばめた空の下で、もういちど自分の生を歩んでゆく。幸福というよろこびを感じることなく、雨の日にぬれることなく、腹が減っては地中を這いまわり、獲物に喰らいつくためだけに、地表へと顔をだす。その長い胴体には醜
いウロコがあり、明るい場所へ姿をあらわすたび、小動物たちは逃げていく。
わたしは、永遠に
ひとりぼっち
あのときの精霊は
どこにもいない……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
孤独な夜に生きる希望を探す黒蛇は、やがて、人間の子どもの味を知る。
★つづく
生物は進化や系統において、祖先群と子孫のあいだで、ミッシング・リンクという、失われた中間期がある。生みの親から予測される形態とは、まったく異なる生物は多様に存在しており、生命連鎖の系図をつなごうとしても、連続性の過程で突然変異なども起こるため、証拠となる化石や遺伝子が発見されないかぎり、進化の間隙は欠落しつづける。
生命の最初の誕生は陸上ではなく、海のなかだった。人間の身体組成においても6割以上が水分であり、生命の泉水は絶えず循環し、生態系に多大な恩恵を与えつづけている──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふわふわとしたなにかが、ゆっくり近づいてきた。水底に沈むわたしに、そっと口づける人物は、きれいな顔をした男である。薄い浴衣のような服を身につけているが、水流により重なっている部分がはだけ、下肢が見えた。
「……あんたは、誰だ?」
水中だというのに、なぜか声がでる。わたしは、わたしの呼吸が止まるまで、ただ、冷たい水のなかで静かに眠りたい。全裸であることを忘れていたが、相手の性別も男につき、気にしないことにした。
わたしは、死にたいわけじゃない。こうすることが自然だった。生きる目的を見失った以上、この身は水の泡となり、余計な自我は無に帰することが希ましい。わたしは、じきに消えてなくなる存在だ。それで構わない。
なにを、うらやむ
なにを、ねたむ
投げやりなしあわせは
うつろなまなざしに
闇をうつす。
呪われた世界で、
人を傷つけぬ愛はない。
血潮の赤いぬくみは
いのちの錆
生者と亡者がたわむれるとき
夢から永遠へ……
共に地上を目ざしましょう
死に面したわたしは、無意識に首をのばし、差しのべられた細い指に自分の舌を這わせた。すると、水底が隆起して、水位はわたしの腰が浸かるていどまで浅くなり、一瞬にして景色が変わった。月影が水面にゆらめく静かな夜、わたしは名前も知らない男と裸身で向かい合っていた。
「いったい、なにが起きている」
『ゆくべき道を知らぬおまえを、生きさせること。それが、精霊のすべてだ』
たとえ、その身に生まれたことを苦悩する日々がつづいても、夜の泉水を犯罪に巻きこんではいけない。水の精霊は、気の毒な男をなぐさめるかのように、もういちど口づけた。
今宵の逢引きは、奇蹟のはじまり。互いの瞳にうつるは、禍ごころと、ぬぐい去れない涙のしずく。とこしえにつづく生命の流転、長い季節と歪められた未来、おろかな行為と知りながら、彼らは手を取りあい、その結果、孤独と悲劇はくり返された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミュオンの正体は、人のカタチを成した水の精霊である。大地が緑を脱ぎ捨てる季節に(夏から秋へとうつりゆくとき)、水の精霊は、死に面したひとりの男を、ふたたび蘇らせた。その男は、はるかな流れをくだってゆき、新しい記憶と共に、星を散りばめた空の下で、もういちど自分の生を歩んでゆく。幸福というよろこびを感じることなく、雨の日にぬれることなく、腹が減っては地中を這いまわり、獲物に喰らいつくためだけに、地表へと顔をだす。その長い胴体には醜
いウロコがあり、明るい場所へ姿をあらわすたび、小動物たちは逃げていく。
わたしは、永遠に
ひとりぼっち
あのときの精霊は
どこにもいない……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
孤独な夜に生きる希望を探す黒蛇は、やがて、人間の子どもの味を知る。
★つづく
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