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最終章
第169話
しおりを挟む亮介は、必然の帰結へと導かれた。異世界の森へ飛ばされた直後、8歳児の姿になっていた亮介は、巨大な黒蛇に頭から呑みこまれた。ふたたび黒蛇から獲物として狙わる状況下で、ミュオンが放った閃光に目が眩み、過去の記憶が甦る。
蛇は餌を丸呑みすると、噛み砕いたり引きちぎるといった咀嚼はせず、数日かけて酸や酵素で消化していく。捕食された亮介は、死を覚悟した。
(……僕の人生、ここで終わるのか。……きょうまで色々あったな。……ああ、苦しい、痛い、苦しい)
どんなに生きたいと思っても、さまざな理由で生きられない人々はたくさんいる。不慮の事態に直面した亮介は、自分の人生をあきらめかけたが、黒蛇の体内から声変わりをする前のリヒトが語りかけてきた。
……驚いたな、きみ、人間だね。この森に、父さん以外の人間がいたなんて、知らなかったよ。……苦しそうだね。だいじょうぶ、すぐ楽になれるよ。僕もね、意識があるうちは痛くて苦しかったけど、皮膚がとろけていくさまは感動的だった。ああ、これで僕は、黒蛇の空腹を満たせるんだって。そう思ったら、良いことをしたなって、自分が誇らしくなってさ。
「……そ……んなの、……変だよ」
かろうじて、しゃべることができた亮介は、黒蛇の長い胴体の奥から聞こえてくる声に反応して口を動かした。
……誰かの役に立つことが、そんなに変かな。きみは、孤独を知らない人間なんだね。しあわせものだな。ちょっとだけ、うらやましいよ。でもね、僕は自分が思っていたほど脆くはないみたい。だって、少しずつ再生しているから。
「さ……い……せい……?」
この調子だと、いつか完全復活するかも……。さすがにこれは予想できなかった展開だな。……誰かが、僕に生きろって言ってるのか、それとも、母親が精霊だから、僕には特別な力が宿っていたのかな。そんなの、どうでもいいけどね。……だから、きっとまた、僕たちは逢えるよ。そのときは、友だちになってくれる?
「友だち? い、いいよ……それくらい……。僕のほうこそ、生きていたらの話……だけど……、うわっ!?」
会話の途中で吐きだされた亮介は、ミュオンと半獣属の灰色大熊に助けられた。忘れていた記憶を取り戻した亮介は、にわかに興奮しながら思った。
(僕は、リヒトに逢っていた!? 顔は見てないけど、大蛇のおなかのなかで、リヒトの声を聞いた! あのとき、リヒトはちゃんとしゃべっていた。なんとかして、もういちどしゃべれるようにしてあげたい……!!)
ミュオンが放つ霊力に包まれた辺りは、銀色の世界がひろがり、まぶしさのあまり地中へ逃げ帰る黒蛇は、亮介を食べることなく姿を消した。そもそも、本気で食べようと思ったのか、違和感と謎が残る。黒蛇は、己の体内で亮介とリヒトが交わした約束を知っている。ふたりの少年が友だちになる日まで、リヒトを見捨てるわけにはいかない。いちど命を奪っておきながら都合のいい話だが、黒蛇なりの贖罪のつもりなのだ。空腹を満たしてくれた少年が希む唯一の夢は、たったひとりの友人と出逢えることであり、それは自然界の住人では役不足であった。
──ふたつある心臓が痙攣する。ひとつはちがうものが主張してくる生命の息吹。確かな空間で、再生のときを待つ少年。生命活動には一舐の栄養が必要だ。どこにある。どこに行けば見つかる。リヒトを吐きださなければ、からだが重い。わたしの空洞で少年が成長している。まさか、もういちど産まれようとしているとは……。
だが、復活を遂げたところで、おまえはまた、ひとりきりの異形なる存在。ならば、外見が似たものを、わたしが探しておこう。それは精霊でもなく、半獣でもない。自然界には存在しない人間の子どもがいい。見た目や年齢が近ければ、友だちになれるだろうか。こんどこそ楽しく暮らせるように、おまえが笑っていられるように。ああ、されど、わたしこそ、どんなに空腹であろうと、人間を見つけても食べてはだめだ。
あの子に、わたしの愛児のために、人間の子どもが必要だ。どこにいる、どこに……。この森の秩序を乱すことなく、無垢な眼を輝かせるリヒトのように、きわめて純粋に生き抜ける少年は、どこだ?
「なるほど、よく解った。黒蛇の願いに、わが秘術を使ってやろう」
不安定になりやすいリヒトの精神面を支えてきた大神は、生まれながら身に備わっている神気を放ち、亮介を召喚した。古来より継承されてきた時空転移術は、いちどきりの大技であり、失敗する危険性もあったが、見事に亮介を8歳児の姿で森林域へ導く。幻影となってあらわれるオオカミは、亮介を召喚した張本者だった。
★つづく
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