スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮

第36話

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 館内を移動して席についた幸田は、隣でドリンクを飲む姫季に声をかけた。

「苦手ならば、寝てもかまわないよ。終わったら起こしてやろう」
「べつに平気だよ。内臓が飛びでるスプラッター系は苦手だけど、ホラー映画なら、子どものころからよく観てた」
「家で?」
「うん。怖い話は、母さんが好きだったから。テレビで放送されると、同じ映画でも毎回も観てた」
「……へぇ、きみの母親が」

 姫季の口から家族の話題が聞けたのは、これが初めてのことである。あまり掘り下げてはいけないような気がする幸田は、座席にもたれてスクリーンへ視線を移した。肘掛けに乗せた右手には、包帯が巻いてあるため、利き腕側に座った姫季の目に、留まりやすかった。レイトショーは遅い時間帯につき、昼間より人は少なく、周囲を気にせずゆったりと作品を楽しめるほか、自由に姿勢を変えたり、足をのばしたりと、終始リラックスした状態で映画を観ることができるのが特徴だ。

「……ねぇ、幸田さん」

 スクリーンに近日公開の予告映像が流れると、姫季が耳もとでささやいた。

「怪我が治ったら連絡して。おれ、あなたのすべてがほしくなった」
「姫季くん……」
「慎みをもてって? だいじょうぶだよ。全然、人がいないし、これだけ暗ければ、キスだってできる」
「よさないか、俺を煽るな」
「え? 今ので興奮した?」
「当たり前だろう。考えてもみろ。俺がヘマしなければ、今ごろはホテルでベッドインしている頃合ころあいだ」
「あ、そうか。たしかに……」

 瞼を閉じた姫季は、幸田に抱かれる姿を想像して満足したようだ。映画の本編が始まっても、姫季が目を開けるようすはない。眠ってしまったのかと思い、顔を近づけると、いきなりパチッと瞼をひらいた。

「……今、おれにキスしようとした?」
「いいや、していないよ」
「本当に?」
「ああ、誓って」
「なんだ、残念」
「そんなにしてほしかったのか?」
「……幸田さんって、奥手なのか手練てだれなのか、いまいち不明だからさ。さっきまでエロく見えたけど、今は、その辺のサラリーマンにもどってる」
「悪かったね」
「悪くはないけど、おれの恋人って立場に、もっと自信をもっていいンだからな」
「自信……」

 話し手の意図は異なるが、職場でも同じ指摘を受けた幸田は、そこまで不甲斐ふがいなく見えるのかと、自身の性質を疑った。人は、いくつになっても変化をおそれてはならない。


✰つづく
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