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スーツの下の化けの皮/二幕
第54話
しおりを挟む意外としつこい。幸田は、そう思った。姫季は電話の応答を拒否していたが、携帯のメロディは鳴り続けた。ようやく静かになったところで、着信履歴が表示された画面をのぞき込むと、石津要という名前が載っていた。
「……大学の知り合いかい?」
云いながら、幸田には思い当たる人物が頭のなかに浮かんだ。夏休みにはいる前、通勤途中の十字路で待ち構えていたモデル風の男は、幸田に向かって“おれとあいつの関係は終わってない”と、宣言した。姫季の交友関係に口出しするつもりはないが、旅先では互いの理解を深める好機でもある。事実、新幹線の車内で、姫季は幼少期の思い出を語ってくれた。
ごくふつうのサラリーマンだった幸田は、ファッション分野に特化した技術と才能をもつ学生と出逢い、恋に落ちる。それは、幸運な巡り合わせだと信じたい。どちらも相手を特別な存在だと思えるようになったからこそ、第三者の介入が、こんなにも支障を来すのだ。
「……姫季くん」
恋人の時間を邪魔だてされた幸田は、少し悪戯をする。裸身のまま丸くなり動かずにいる姫季の背中へ手のひらを添えると、項に吸いつき、歯を立てた。
「……痛っ!?」
目に見えない場所にキスマークを残された姫季は、「エ、エロいことすんな!」といって起きあがり、浴衣を着なおした。姫季の態度を見るかぎり、セックスどころではないようだ。もとより、石津の仕掛けた罠から逃げだせずにいる姫季は、早い段階で罪悪感に苛まれていた。幸田は「しないのか?」と、わざわざ訊かなくてもよい言葉を口にして、微笑する。それから、石津の立場を確認した。
「……1年前、……好きになった男」
布団のなかへもぐり込んだ姫季は、小声で白状した。「それだけ?」と問われ、しばらく沈黙したのち、「何度かラブホでセックスした」と正直にうちあけた。やはりな、と思った幸田の表情は落ちついている。窓辺に移動して煙草をくわえると、火を点けずに箱へもどした。姫季と石津の関係は、幸田が思うよりずっと複雑なのかもしれない。しかも、石津は元カレではなく、現在も姫季を恋人として扱っているフシがある。石津にとっては幸田のほうが邪魔な存在だが、姫季の気持ちは前者から離れているため、三角関係というわけではない。
✰つづく
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