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医師、かく語りき
第18話
しおりを挟む異世界での心療内科は、身体医学にも視野をひろげ、さまざまな心理的要因が精神面だけでなく、身体にも症状があらわれる点を重視し、ひとりの人間の全体を診ていこうと実践する療法である。結果的に、トリッシュは、内科と外科の専門知識と技術を有する医者となり、診察項目は多岐にわたる。
現代とは異なる社会とはいえ、生物は等しく病気や怪我をする。人間にとって健康を維持することは、病気の予防であり、怪我を負ったときの自己治癒力を高めておく意味合いがある。〈エレメンタリーハーツ〉でも、定期的に健康診断を実施していた──。
「これでよし、と」
あすは、いよいよ健康診断の日である。現在、入所している子どもは五名だが、後日、ふたり増える予定だ。トリッシュは、必要な道具や書類を最終確認すると、診察室の扉に鍵をかけた。別棟の部屋にもどり白衣を脱ぐと、浴室でシャワーを浴びた。消灯時刻が近づく子どもたちは、それぞれベッドで横になる。ユリネルは多忙な日常を送りながらも、より安全で効果的な薬品を開発するため、調合室での研究は深夜にまでおよんだ。
トリッシュが住み込みで働くまえから、新たに二名の入所相談があり、申請書が提出されていた。そのうちの一名がシェリィである。もうひとり(ライエル)の手続きはなぜか遅れていたが、すでに決定事項につき、空き部屋のそうじは子どもたちが順番におこなっていた。そこへ、さらにもうひとり、アッシュという少年が増える状況である。施設の二階には、大部屋がひとつあり、シングルベッドを四つならべれば、いちどに十三人まで受けいれることは可能だ。ユリネルは身元引受人の承諾書にサインをすませているため、ライエルとアッシュが〈エレメンタリーハーツ〉へやってくる日は近い。その件において、トリッシュとは口論になってしまったが、救済を必要とする少年たちを見捨てることはできなかった。たとえ過重労働になろうと、ユリネルの意志は固い。
ガシャンッという物音が、調合室にいるユリネルの耳に届いた。時刻は深夜につき、施設内は薄暗い。
「まさか、ど、どろぼう?」
洋燈を手にして廊下へでたユリネルは、子ども部屋につづく階段を見あげ、人の動く気配がするのは一階の食堂だと察した。いったん調合室へもどり、護身用に木製のすりこぎ棒を片手に構えると、物音が聞こえるほうへ向かう。食堂の窓ガラスが割られ、床に破片が散らばっていた。
「そこにいるのは、だれです」
食器棚の真横に、黒い影がうずくまっている。状況的に外部からの侵入者であることはまちがいないが、盗賊ならば金目の物を渡せば引き下がるだろうと思われた。
「わたしは、薬師のユリネルと申します。ここは、子どもたちの療養施設です。どうか、事を荒立てず、冷静に話しあいませんか」
なるべく相手を刺激しないよう、おちついた調子で交渉を持ちかける。最初のうちは無反応を示す人影だが、ユリネルが通報するつもりはないと告げると、おもむろに立ちあがった。
「あなたは……、もしや……」
ユリネルはなにかに気づき、洋燈をテーブルのうえに置いたが、いきなり襲いかかってきた人影に押し倒され、すりこぎ棒が床へ転がった。暗がりのなか、鈍い痛みが腹部に走る。ナイフで切りつけられたユリネルは、「うっ」と、苦悶の表情を浮かべた。
「ま、待ちなさい……!」
割った窓を飛び越えて逃亡する人影は、ふたたび〈エレメンタリーハーツ〉へやってくることになるが、それは、おおいなる試練のはじまりとなる。衣服のうえからとはいえ、刃物で攻撃されたユリネルは、しばらく放心状態となった。
✓つづく
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