薬師は愛をささやく

み馬下諒

文字の大きさ
19 / 32
医師、かく語りき

第18話

しおりを挟む

 異世界での心療内科は、身体医学にも視野をひろげ、さまざまな心理的要因が精神面だけでなく、身体にも症状があらわれる点を重視し、ひとりの人間の全体をていこうと実践する療法である。結果的に、トリッシュは、内科と外科の専門知識と技術を有する医者となり、診察項目は多岐にわたる。
 
 現代とは異なる社会とはいえ、生物は等しく病気や怪我をする。人間にとって健康を維持することは、病気の予防であり、怪我を負ったときの自己治癒力を高めておく意味合いがある。〈エレメンタリーハーツ〉でも、定期的に健康診断を実施じっししていた──。


「これでよし、と」


 あすは、いよいよ健康診断の日である。現在、入所している子どもは五名だが、後日、ふたり増える予定だ。トリッシュは、必要な道具や書類を最終確認すると、診察室の扉に鍵をかけた。別棟の部屋にもどり白衣を脱ぐと、浴室でシャワーを浴びた。消灯時刻が近づく子どもたちは、それぞれベッドで横になる。ユリネルは多忙な日常を送りながらも、より安全で効果的な薬品を開発するため、調合室での研究は深夜にまでおよんだ。
 
 トリッシュが住み込みで働くまえから、新たに二名の入所相談があり、申請書が提出されていた。そのうちの一名がシェリィである。もうひとり(ライエル)の手続きはなぜか遅れていたが、すでに決定事項につき、空き部屋のそうじは子どもたちが順番におこなっていた。そこへ、さらにもうひとり、アッシュという少年が増える状況である。施設の二階には、大部屋がひとつあり、シングルベッドを四つならべれば、いちどに十三人まで受けいれることは可能だ。ユリネルは身元引受人の承諾書にサインをすませているため、ライエルとアッシュが〈エレメンタリーハーツ〉へやってくる日は近い。その件において、トリッシュとは口論になってしまったが、救済を必要とする少年たちを見捨てることはできなかった。たとえ過重労働になろうと、ユリネルの意志は固い。

 
 ガシャンッという物音が、調合室にいるユリネルの耳に届いた。時刻は深夜につき、施設内は薄暗い。

「まさか、ど、どろぼう?」

 洋燈ランプを手にして廊下へでたユリネルは、子ども部屋につづく階段を見あげ、人の動く気配がするのは一階の食堂だと察した。いったん調合室へもどり、護身用に木製のすりこぎ棒を片手に構えると、物音が聞こえるほうへ向かう。食堂の窓ガラスが割られ、床に破片が散らばっていた。

「そこにいるのは、だれです」

 食器棚の真横に、黒い影がうずくまっている。状況的に外部からの侵入者であることはまちがいないが、盗賊ならば金目の物を渡せば引き下がるだろうと思われた。

「わたしは、薬師のユリネルと申します。ここは、子どもたちの療養施設です。どうか、事を荒立あらだてず、冷静に話しあいませんか」

 なるべく相手を刺激しないよう、おちついた調子で交渉を持ちかける。最初のうちは無反応を示す人影だが、ユリネルが通報するつもりはないと告げると、おもむろに立ちあがった。

「あなたは……、もしや……」

 ユリネルはなにか、、、に気づき、洋燈をテーブルのうえに置いたが、いきなり襲いかかってきた人影に押し倒され、すりこぎ棒が床へ転がった。暗がりのなか、鈍い痛みが腹部に走る。ナイフで切りつけられたユリネルは、「うっ」と、苦悶の表情を浮かべた。

「ま、待ちなさい……!」

 割った窓を飛び越えて逃亡する人影は、ふたたび〈エレメンタリーハーツ〉へやってくることになるが、それは、おおいなる試練のはじまりとなる。衣服のうえからとはいえ、刃物で攻撃されたユリネルは、しばらく放心状態となった。


✓つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

そんなの聞いていませんが

みけねこ
BL
お二人の門出を祝う気満々だったのに、婚約破棄とはどういうことですか?

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

婚約破棄をしようとしたら、パパになりました

ミクリ21
BL
婚約破棄をしようとしたら、パパになった話です。

処理中です...