ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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きびしい始まり

第2話

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 ある日の昼さがり、中庭で花壇をながめていたリツェルは、父から、冷ややかな表情で見おろされた。


「リツェルよ、こんなところにいたのか。いいか、よく聞きなさい。おまえはタドゥザ・ハミルト伯爵の世話を受けることになった。あすまでに荷物をまとめ、わが屋敷をでる仕度したくをすませておくのだ」

 
 タドゥザ伯爵とは、イルシュタット州の北部に屋敷をかまえる貴族で、よわい五十を過ぎた独り身の酒豪である。

「無学なおまえを迎えいれる伯爵の期待を、けっして裏切るでないぞ。その身を捧げ、しっかり尽くすのだ」

 爵位持ちでありながら礼儀知らずで、いつも不機嫌そうな顔をしており、理不尽に解雇された使用人も多いと風のうわさに聞く。

 いやな予感しかしないリツェルは「なんで……」と、返すことばに詰まった。

「なにをしている。さっさと準備を始めんか。これから先、おまえの主人はタドゥザ伯爵となるのだ。わが屋敷へは二度ともどれぬと思え。せいぜい達者で暮らすのだぞ、リツェルよ」

 そうって立ち去る父は、よそにだして政略婚をさせた娘たち(リツェルにとっては実姉)の仕送りで生計を立てるほど、権力は衰退していた。貴族院議員でありながら、現在はかたちだけの立場で、たいした発言力をもたない。

 美しい母はリツェルが幼いときに逝ってしまい、長らく塞ぎこんだ父は、相続権を持たない次男の教育を放置した。結果として、無学のまま成長したリツェルは、世間知らずとなり、まともな縁談はきびしいと判断された。かわりに、面倒を引き受けてくれる人物を探したところ、なぐさみものを求めるタドゥザ伯爵の存在に行きついた。

「……もしかして、おれ、父さまに捨てられたってこと?」

 思わず青ざめるリツェルだが、云われたとおり部屋へもどると、大きなかばんを手にして荷造りをした。あらためて私物を整理すると、持ちだすべきものは意外と少なかった。ぼんやりしているところへ、声がかかった。


「おまえ、本気で出ていくのか」


 突然、部屋の扉をあけたのは長男である。リツェルの実兄で、零落した家門の行く末を背負っている。ふり向いたリツェルは、無理やり笑ってみせた。

「うん。父さまの命令は絶対だし、どうせ、おれにはなんの芸もないからさ」

「わかっているのか? よりにもよって、タドゥザ・ハミルト伯爵だぞ。さすがに、このまま見送るのは気の毒だ。おまえは唯一の弟だしな」

「べつに、気にしなくていいよ。おれの心配をするより、兄さんこそ、問題が山積みだろう。もう子どもじゃないんだ。自分のことは自分でなんとかする」

「リツェル」

「おれだって、いつまでも父さまと兄さんに面倒をかけたくない(ここにいても、じゃまなのはわかっていた)。これからのことは、向こうについてから考えるから、ほうっておいて」

 世襲制のアルベリク家では、長男以外は屋敷を去るのがならわしである。また、数ヵ月後に成人年齢の十八に達するリツェルは、覚悟をきめていた。いずれにせよ、タドゥザ伯爵のもとを離れ、一般人として下町で働くのも悪くないだろう。もとより、窮屈な階級社会は性分に合わなかった。学業を修めていないため、生きるためには身体からだを使うしかない。それくらいの知恵はあった。

「さようなら、兄さん。父さまと家のこと、お願いします。姉さんにも、元気でねって伝えておいて」

 涙を流すような場面ではない。リツェルの門出かどでは、あらかじめ予想できた事柄につき、余計な情け心は無用だった。

 翌朝、かばんひとつをさげて迎えにきた馬車に乗りこむリツェルは、いたわるような笑みで手をふる兄と、無言でたたずむ父に別れを告げた。


《つづく》
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