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きびしい始まり
第6話
しおりを挟むなんの取柄もないリツェルをタドゥザ伯爵が引き取った理由は、まぎれもなく性的な意味が含まれていた。
ハミルト家の宮殿には地下室がある。食料倉庫として使われるほか、罪人をとじこめておく鉄柵の牢屋もあった。
「なんで、こんなところに……」
誕生日を迎えた朝、リツェルはセドリックの案内で地下室へ向かうと、うす暗い牢屋にいれられた。セドリックは鉄柵の扉に鍵をかけ、「まだおわかりになりませんか」と、あきれ声になる。
「成人なされた以上、リツェルさまの価値はその肉体にかぎるのです」
「どういう意味だ?」
「あなたは、タドゥザ伯爵のなぐさみものとしてアルベリク家から購われた人間です。むろん、われわれはその旨を事前にお伝えしているので、同意の上での取り引き成立ということになります」
「おれは、なぐさみものになるとは聞いてない」
「たとえご本人の耳にとどいていなかったとしても、金銭のやりとりが発生しているため、リツェルさまの立場は変わりませんよ」
仮面の下で目を細めるセドリックは、これからのリツェルは、主人である伯爵の性的嗜好を満足させる傀儡だと告げる。
「冗談じゃない、今すぐ鍵をあけろ」
「あなたはもう、伯爵の人形も同然なのです。あきらめてください」
「セドリック!」
「リツェル坊ちゃま、お誕生日おめでとうございます。これからも健やかにお過ごしください」
「ふ、ふざけるな、おれをばかにしているのか!?」
セドリックに殴りかかりたい気分のリツェルだが、鉄柵の幅はせまく、腕さえのばせない。思えば、悪趣味な監禁生活はハミルト家にきたときから始まっていた。厳重な行動制限の裏に隠された意図は、リツェルが公的な成人年齢に達するまでの監視であり、日々のようすはセドリックによって伯爵に報告されていた。実の父に、他者のなぐさみものとして売られたリツェルは、ただ、唖然となる。
「本当だったのか……。おれは……父さまに……、アルベリク家から、見捨てられたのか……」
その場にしゃがみこんで絶望していると、下品な笑い声と足音が聞こえた。
「タドゥザ……」
「ぐふふ、リツェルよ。なにも心配することはない。きょうは、記念すべき誕生日だからね」
「こんな地下室の牢屋にとじこめて、どこが誕生パーティーなんだよ」
「ちゃんとケーキを焼かせているよ。酒も運ばせる。今夜は、じっくり味わってあげるから、きみも愉しんでくれたまえ」
「味わうって、なにを……」
「むろん、きみ自身をだよ。わたしが、どれほどこの日を待ち望んだことか、きみにはわかるまいね」
臭い息を吐いて笑うタドゥザは、リツェルの爪さきから頭のてっぺんをじろじろとながめ、ごくんと唾をのむ。あきらかに身の危険を感じるリツェルは後ずさりして、鉄柵から距離を取った。
「ぐふふ、こわがらなくていい。最初はやさしくしてあげよう。きみは、わたしがあたえるものを、そっくりそのまま受けとるだけでいいのだ」
「おれを、もてあそぶ気のくせに」
「そんなふうに、うちひしがれる必要はない。きみは、その身をもって悟るだろう。快楽の充足こそ幸運の賜物なのだ。理性にしたがってこそ、身体の健康を完全に満たしてくれる。性的な享楽は、まさに理想の境地なのだよ」
あさましい持論を語るタドゥザは、リツェルを精神的に追いつめてゆく。しだいに、伯爵の声を聞くだけで吐き気がした。耳をふさいでしゃがみこむと、タドゥザは「げへへ」と笑いながら立ち去った。なぐさみものとは、富福なものが生活の延長として飼いならす性奴隷であり、ときには、正妻や愛人よりも優遇された。
「最悪だ。素直に応じていれば、末長くかわいがってもらえるってか?」
いくらなんでも気持ちの整理が追いつかない。このままではタドゥザの性奴隷と成り果てるしかないリツェルは、牢屋から逃げだす方法を考えた。鍵はセドリックが持っている。
「くそ……どうしたら……」
地下室に窓はなく、宮殿の正面を強行突破するのはむずかしいだろう。駐在している衛兵の数も不明だ。リツェルにできることは、タドゥザの云いなりになるか、腕力を発揮して抵抗するしかない。
「おれに指一本でもふれたら、ぶん殴って気絶させてやる」
こぶしに力をこめて突きだす練習をするリツェルだが、ケーキに手足の自由を奪うしびれ薬が含まれていることを知らずに食べてしまった。
《つづく》
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