5 / 63
きびしい始まり
第5話
しおりを挟むタドゥザ伯爵に引き取られてふた月が経過するころ、もうすぐ十八歳になるリツェルは、誕生パーティーを予定しているという伯爵と、円卓について紅茶をのんでいた。どんな形式でもかまわなかったが、問われて返答に悩んだ。
「……おれ、ものごころついたときから、誕生日を祝ってもらった記憶がなくて」
アルベリク家では、跡継ぎの権利を持たない次男の出生を祝うほど、生活に余裕はない。リツェルがまともな教育を受けていないのは、金銭的な理由でもあった。
「おお、それはなんともゆゆしきことだ。よろこびたまえ。ハミルト家にきたからには、盛大な祝賀会を催いてやろう。……ぐふふ」
正面に坐るタドゥザは、うれしそうに笑う。伯爵の背後に控える使用人たちは、いっせいに口もとを歪めた。リツェルの脇にたたずむセドリックに変化は見られない。もっとも、伯爵とリツェル以外は常に仮面をかぶっているため、周囲の人間がなにを考えているのか、正確な判断はむずかしい。
「ところで、リツェルよ。最近の調子はどうかね」
「いたって健康ですが、強いて云うなら、とくにすることがなくて、時間を持て余しています。……この服も、ちょっと」
「そうかそうか。あとで読物でもとどけさせよう。俗世の絵空事は、なかなかおもしろいぞ。服については、今きみが身につけているものが、ふだん着だと思ってくれたまえ。それに、よく似合っているではないか。……ぐふふ」
股がスースーするシュミーズが貴族のふだん着とは、なっとくがいかない。宮殿内では行動制限があり、個別に用意された部屋で過ごすことが多いリツェルだが、あからさまに眉を寄せた。タドゥザは、臭い息を吐いてニヤけるばかりである。ふたりのあいだに、いよいよ不穏な空気が流れ始める。
もともと、おかしな話であった。現在のリツェルに食い扶持を稼ぐ能力はなく、アルベリク家は落ちぶれた門閥につき、タドゥザが迎えいれる理由が不明である。リツェルはおとなしく静かな日常を送っていたが、なにもせずに過ごす時間が、いつまでつづくのだろうと思った。今となっては、故郷にもどることもできない。風のうわさほどタドゥザ伯爵のふるまいが悪人だとは感じなかったが、シュミーズ姿で生活させる趣味にはあきれた。
つまらないお茶会を終えて部屋に帰ってきたリツェルは、上衣を脱いでベッドに腰かけた。本当にすることがないため、ぼんやりとしてなにも考えずにいるしかないリツェルは、大きな窓から見える岩山をながめ、地方で暮らす人々を想像した。
「おれは、ハミルト家でなにをしているんだ? 朝起きて、ごはんを食べて寝るだけなんて、これじゃ、家にいたときより退屈だ」
つい、アルベリク家での日常とくらべてしまうリツェルは、家族とのささいな思い出をなつかしく感じた。
数日後、誕生パーティーを開催するタドゥザ伯爵のもくろみにより、リツェルは窮地に追いこまれる。
「リツェルさま、おやすみまえに失礼いたします。あすの準備をととのえさせていただきます」
「セドリック? その刃物はなんだ?」
「これは剃刀です」
誕生祭の前夜、枕もとの棚に小道具をならべるセドリックは、部屋へ使用人たちを引き連れてきた。無遠慮な手つきでリツェルをベッドへ押しつけると、セドリックはシュミーズの裾を持ちあげた。
「お、おい。なんの真似だ!」
「リツェルさま、どうか動かないでください。手もとが狂うと、大事なものを瑕つけてしまうおそれがありますので、お静かに願います」
いやな予感がして硬まるリツェルは、セドリックによって脱毛処理をほどこされてゆく。股のあいだを這う指づかいに、ゾッとした。リツェルの手足を押さえつける使用人たちは、終始無言である。
「お疲れさまでした。楽にしていただいて結構ですよ」
ていねいに時間をかけて陰部の毛を剃られたリツェルは、セドリックをにらみつけた。
「ふざけるなよ。いきなり、なんなんだよ」
「先に申しあげたとおりです」
「除毛のどこが、あすの準備なのかって聞いているんだよ!」
淡淡と応じるセドリックに、つい声を荒らげてしまったリツェルだが、恥を捨てて説明を求めた。湯水で手を洗うセドリックは、小さく首をふる。一部始終を見とどけた使用人たちは、なにも云わず立ち去った。
《つづく》
11
あなたにおすすめの小説
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由
スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。
どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【8話完結】勇者の「便利な恋人」を辞めます。~世界を救うより、自分の幸せを守ることにしました~
キノア9g
BL
「君は便利だ」と笑った勇者を捨てたら、彼は全てを失い、私は伝説の魔導師へ。
あらすじ
勇者パーティーの万能魔術師・エリアスには、秘密があった。
それは、勇者ガウルの恋人でありながら、家事・雑用・魔力供給係として「便利な道具」のように扱われていること。
「お前は後ろで魔法撃ってるだけで楽だよな」
「俺のコンディション管理がお前の役目だろ?」
無神経な言葉と、徹夜で装備を直し自らの生命力を削って結界を維持する日々に疲れ果てたエリアスは、ある日ついに愛想を尽かして書き置きを残す。
『辞めます』
エリアスが去った翌日から、勇者パーティーは地獄に落ちた。
不味い飯、腐るアイテム、機能しない防御。
一方、エリアスは隣国の公爵に見初められ、国宝級の魔導師として華麗に転身し、正当な評価と敬意を与えられていた。
これは、自分の価値に気づいた受けが幸せになり、全てを失った攻めがプライドも聖剣も捨てて「狂犬」のような執着を見せるまでの、再構築の物語。
【勇者×魔導師/クズ勇者の転落劇】
※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。
※糖度低め/精神的充足度高め
※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。
全8話。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる