ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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きびしい始まり

第4話

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 タドゥザ伯爵の宮殿で迎えた初日は、いたって単純だった。緊張感につつまれながらの長距離移動に疲れたリツェルは、用意された部屋で寝すごした。夜半にベッドから起きあがると、いつのまにか枕もとの棚に洋燈ランプが置いてあった。

「今……何時だ……」

 ひとりごとのつもりが、「零時をまわっています」という返事があった。低い声だ。ぎょっとして室内へ目を凝らすと、扉の近くに人影がたたずんでいた。リツェルはぐっすり眠っていたが、伯爵は見張り役を立てたのだろうか。いくぶん、スッキリしない目ざめとなったが、人影は「ご入浴されますか?」とたずねてくる。リツェルはほんの少し考えてから、「する」とこたえた。

「では、こちらへ。お召しものは用意してありますので、リツェルさまはそのままの恰好かっこうでお越しください」

「そうなのか? ……わかった」

 寝ているあいだに採寸でもしたのだろうか。会話に応じる人影は「セドリック」と名乗り、ほかの使用人とは異なる金縁の仮面をしていた。これから先、リツェルは伯爵以外の素顔を見ることはなく、ハミルト家の変なきまりのようだと認識した。また、セドリックは四十代くらいの男で、体格(とくに横幅)はタドゥザの半分しかなかった。痩身の執事といった印象だ。表情を確認できないため、声の調子や見た目で想像しておく。

 暗い廊下を迷わず進むセドリックのあとをついて歩くリツェルは、妙に静まりかえった宮殿の雰囲気に、息が詰まるようだった。使用人の数は知れないが、ひんやりとした空気が漂うばかりで、物音ひとつ聞こえてこない。ふいに、森の奥で夜行性の鳥が羽ばたくと、リツェルはギクッとおどろいた。

 顔すら知らない人物が見つめるなか、裸身はだかになって湯船にかるリツェルは、「ふう」と、ため息を吐いた。セドリックの視線は、たちこめる湯気によりさえぎられている。ときどき動く気配だけがした。楽な姿勢で熱い湯に浸かったあと、そなえつけの石鹸で躰を洗い脱衣所へもどると、大判の手ぬぐいと着がえがカゴに置いてあった。セドリックは扉の外にいる。

「……これって、シュミーズ?」

 長袖つきの白い麻の肌着は、腰まわりを絞らず、ゆったりと大腿部までをおおう。男女兼用の衣服だが、下にはくものがないと股がスースーするリツェルは、ほかに着るものがないかカゴのなかを確認した。厚手の外衣を発見したが、止め具はなかった。膝丈につき、二枚着こむと肌寒さは感じなかった。とはいえ、素足すあしは気になる。

「セドリックさん」

 リツェルは扉をあけて顔をだし、使用人の名前を呼ぶと、セドリックに首をふられた。

「わたしのことはセドリックとお呼びください。使用人に敬語を使う必要はありません」

「そ、そうか。わかった。あの、下着と靴がほしいんだけど……」

「誠に申しわけございませんが、わたくしどもは伯爵の指示どおりにしか対応できません。リツェルさま用にあずかったお召しものは、肌着と外衣のみです。ゆえに、そのほかの衣類をご希望のさいは、伯爵に直接おたずねください」

「おれが、あのひとに?」

「はい。リツェルさまのお願いとあらば、物品ものにもよりますが、タドゥザ伯爵が手配してくださるかと存じます」

 いちいち面倒くさいきまりと思ったが、リツェルは「そうする」といって、うなずいた。「なにか口にいれますか」部屋にもどる途中、セドリックがたずねた。空腹だったリツェルは、「食べる」といって、使用人に夜食をつくらせた。貴族の食卓に野菜は、あまりならばない。地面の下に生えるものは、身分が低いものが食べるものという考えである。部屋へ運ばれてきた料理は、肥育されたアヒルの焼き肉を白パンにはさんだものと、りんごを搾ったのみものと砂糖菓子だった。味つけは濃いめだが、リツェルは残さず食べた。


 満腹になってくつろぐうち、うとうとして眠りにつく。朝になると、セドリックに肩をゆすられて目ざめた。


「おはようございます。ご気分はいかがですか」

「ん、おはよう……。気分ならふつうだけど、おれ、きょうからなにをすればいいんだ?」

「リツェルさまの場合、ただすこやかにお過ごしください」


 どのみち、なぐさみものとして引き取られたリツェルに、ハミルト家にふさわしい教育など必要ない。タドゥザ伯爵が求める要素は、いかなるときも良好な体調を維持することである。


《つづく》
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