ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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あたらしい生活

第17話  ※閲覧注意

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 なぐさみものとは、支配権をもつ人間が身分の低いものを売買の対象とし、愛玩目的で飼いならす性奴隷の俗語である。如何わしい風習とはいえ、タドゥザ伯爵のなぐさみものとして淫らな扱いをうけたリツェルは、心身ともに憔悴しきっていた。激しい雨に打たれて生気のない表情をしていたが、グレリオ辺境伯やジョセフの介抱によって、表面的なきずは癒えてゆく。

「あ……っ、はぁっ、はぁっ。やめ……ろ……、おれに……さわるな……ぁ……っ!」

 おぞましい記憶にうなされてベッドのシーツをにぎりしめるリツェルは、グレリオとジョセフの存在にかまわず、「ぁんっ! あぁっ!」と、あえぎ声を洩らした。タドゥザの幻影は、誕生祝いのケーキを無理やりリツェルの口のなかへ押しこみ、ぶどう酒をからだに浴びせる。

「……うぐっ! げほっ、ごほっ!」

 リツェルの尋常ではないようすに眉をひそめるグレリオは、扉のわきに立つ付人つきびとをふり向いた。

「たしかに、ジョセフくんの云うとおり、何者かに乱暴されているような反応だね。……これまでにも、このような発作を起こしたことがあるのかい?」

「わかりません。たんなる潔癖症にしては極端すぎますし、ぼくなりに彼の世話を焼いて確信しました。……この青年は、取り引きが成立している性奴隷ではないでしょうか」

 タドゥザの幻影に重くのしかかられて腰をひねるリツェルは、「やめろぉっ!」と声をあげ、ベッドの上から転落しそうになった。グレリオの腕が青年の躰を支える。かぐわしい特徴のあるにおいがして、リツェルは双眼りょうめを見ひらいた。

「グ、グレリオ……!?」

「安心したまえ。きみは悪い夢を見ていただけだ」

「ち……がう、夢じゃない! あいつがくる……、おれを追ってくる! いやだ……、もどりたくない……、あんな目に遭うのは、もういやだ!」

「おちつきたまえ。私の邸宅にいるかぎり、きみは安全だよ」

 見境をなくして叫ぶリツェルは、必死に助けを求めた。おびえる青年を抱擁するグレリオの腕は、かげんを心得ている。辺境伯の心臓の音だけを聞くリツェルは、平静を取りもどした。

「……おれ、なんか変なこと云った?」

 後悔しても遅い。リツェルは青ざめてグレリオの腕からのがれたが、ベッドの上で膝をかかえて背中を丸めると、今までの経緯いきさつを話せる範囲でうちあけた。だまっていることが限界だったので、落ちぶれた貴族の次男であるとも告げた。

「それは、さぞかしつらかっただろう。よく話してくれたね、リツェルくん」

「だから……おれは、まいにち不安でたまらないんだ……」

「きみには静養する時間が必要だ」

「もし、タドゥザに見つかったら、おれを引き渡すのか?」

「そんな無慈悲な真似はしないよ。リツェルくんのためにできることをしよう。私には妙案がある」

辺境伯マルグレイブ、お待ちください」

 リツェルとグレリオの会話に横から口をはさむジョセフは、あわただしくベッドの近くへ歩み寄った。

「彼を養子にでもするおつもりですか。危険ですので、それだけはおやめください。いちど性奴隷となったものは、買いつけた主人による承諾書や権利の放棄がないかぎり、譲り受けることはできません。まして、父親に手放された人間です。アルベリク家に帰ることもむずかしいでしょう」

「そうではないよ、ジョセフくん。彼には、別人として生きてもらう。野蛮な貴族に虐げられた彼は、もうこの世には存在しない。今後は、私の領民として暮らしてもらうつもりだ。きみも、異論はないかな?」

「おれが、別人として生きる……?」

 リツェルは一瞬まぬけな顔をした。グレリオの提案を受けれた場合、リュディカ州にて、あたらしい生活を送ることになる。土地勘がないため、すぐにこたえをみつけられない青年は、「す、少し考えさせて」といって目をそらした。

「もちろん、返事はあせらなくていい。きみの人生はこれからだ。過去にとらわれて、あまり自分を責めてはいけないよ」

 どこまでも寛容なグレリオは、眼鏡の下で表情を曇らせるジョセフを見て、ほほ笑んだ。

 しゃべりすぎて疲れたリツェルは、ひたいに浮かぶ汗をぬぐうと、布団を頭からかぶった。辺境伯に軽蔑されるおそれもあったが、よりどころを求めて弱気になったのも事実だ。雨はすでにあがっているのに、リツェルは目ざめの悪い朝をくり返していた。


《つづく》
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