ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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あたらしい生活

第19話

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 ベルナルド領にある農村で、小さな生命いのちが誕生した。辺境伯の邸宅へしらせがとどいた翌朝、グレリオは馬車を走らせた。

「あっ! あれは、グレリオさま? グレリオさまが本当に来てくれた!」

 納屋の前で両手をふる農夫は、うれしそうに飛びあがった。難産のすえ、女房とのあいだに一児をもうけた彼は、生まれてくる子どもに名前をあたえてほしいと、辺境伯へ書状を送っていた。農夫の願いを聞きいれて、グレリオが到着する。

「おめでとう、キャロラ。よくがんばったね」

「グレリオ辺境伯さま……? このようなところまでお越しくださるなんて……、ああ、なんと申しあげてよいか……」

「いいのだ。私はかまわない。元気な子を授かったね」

 納屋での出産は長時間におよび、キャロラは疲れきっていた。グレリオは産婆が抱いてあやす赤ん坊を見て、「いやまったく」とうなずく。この時代の赤ん坊は、生まれてから性別が判明するため、まずはしるしを確認したあと、「ほう、女の子か」とつぶやき、真剣な表情で名前を考えた。

 辺境伯の責務は、主に国境地帯の統治である。侵略者を撃退するにあたり警備隊の育成や強化、ベルナルド領に散らばる町や村の視察と管理、さらには定例の会議に参加するため、年に数回、王都まで足を運ばなくてはならない。むろん、日帰りで移動できる距離ではないため、費用を確保して積み立てておく必要があった。

「グレリオさま、どうか、わたしの娘を抱いてやってください」

「いいとも。さあ、おいで」

 グレリオはキャロラのことばにしたがって産婆から赤ん坊を受けとり、「いい子だ、いい子だ」と軽くゆすってやる。グレリオは小さな子のあしらいがうまい。父親の経験があるのかどうか、それは誰もが気になる真相だった。

 グレリオが赤ん坊に「ユイラ」と名づけるころ、辺境伯の帰りを待つリツェルは、邸宅の庭を散策していた。

 石膏の胸像が配置された広場へでると、野うさぎが植えこみの陰で跳ねた。姿は見えないが鳥の声も聞こえ、朝の空気が清々しい。遠くに連なる山脈は、季節ごとにさまざまな景観に変わる。

長閑のどかだな。ここがあいつの領地、リュディカ州か……。グレリオ・ルーカス・ベルナルド辺境伯。あんな優男が国境の防衛にあたるなんて、怪我でもしたら、どうするんだ? まさか、本性はすげぇ戦闘狂だったりして……」

 ばかなことを考えて、ため息を吐く。グレリオの役割は国境警備隊を統率する指揮官であり、有事のときに最前線で戦うわけではない。ふだんは穏やかな紳士でも、戦略においてはまちがいなくキレ者だろう。

「なんか、かっこいいじゃん。おれにも、剣術を教えてくれるやつがいねぇかな」

 枯れ枝を拾って構えの姿勢をとるリツェルは、「ぐふふ」と下品な笑みを浮かべるタドゥザの幻影に向かって斬りつけた。

「あんなやつに二度と負けるか。おれは、強くなってやる。グレリオの助けになるくらい、強い男に成長してやる!」

「すばらしい心意気です。きみの目標は、辺境伯マルグレイブにとっても有益でしょう」

「げっ、ジョセフ!? い、今のは内緒だぞ!」

「かしこまりました。陰ながら応援します」

 ひとりで庭を散策していたリツェルだが、ジョセフの尾行に気づかず、恥ずかしいせりふを聞かれてしまった。グレリオの右腕とも呼べる付人につき、ジョセフの能力も底が知れない。はっきり云えることは家事の達人だ。ジョセフがつくる料理は、栄養食でさえ絶品なのだ。

 身仕度の世話を受けるリツェルは、ジョセフの手先が器用なのも承知していた。入浴のさい、海綿スポンジでからだを洗うジョセフは、湯気でくもった眼鏡を外し、その目で白い肌を見つめてくる。性的な意味はなく、リツェルの怪我が治りつつある経過を確認するためだ。あるいは、自傷行為の有無をさぐりあてるためかもしれない。裸身はだかのリツェルは無防備な状態につき、ジョセフの指が肌にふれるたび、わずかに躰をすくませた。

「そういえば、ジョセフの家族ってどこにいるの? いつから辺境伯の付人として働いているんだ? あんたも結婚してるのか?」

 リツェルは興味本位で口走る。質問の多さと内容も失礼極まりない。ジョセフは、青年の教育環境をととのえる必要があるのではと思った。

「ぼくの過去ほど退屈な話はありませんよ。お望みなら、機会があればお聞かせしましょう」

「なんだよ、やけにもったいぶるな」

 はぐらかされたが譲歩して引き下がると、リツェルは深呼吸をした。グレリオが帰ってきたら、あたらしい戸籍の手配をお願いするつもりだ。これからはベルナルド領で生きていく。そう心にきめた──。


《つづく》
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