ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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追放令息がゆく!

第23話

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 騎士団長のアロンツォは、官営の宿舎で共同生活を送っている。とはいっても、通いの騎士のほうが多く、リツェルが紹介されたのはわずか三名だった。

「よ、よろしくお願いします。リツェル・エストラバです」

「団長に義弟おとうとさんがいたなんて、知らなかったなぁ!」  

「緊張しないで、ここを家だと思って自由に過ごしていいよ」

「初めまして、ようこそ騎士団へ。きれいな子だね。いかにも貴族令息みたいだ」

 それぞれ同時に声をかけてくるため、アロンツォが追いはらった。騎士団は所属している地域と身分を示すため、衣服の胸に記章バッジをつけている。空想の生物をモチーフにした銀細工で、騎士団長のアロンツォも身につけていた。リツェルにも同じものが用意されると思っていたら、「おまえは見習いだ」といって、なぜか前掛けエプロンを渡された。

「なにこれ」

「おまえには、しばらく料理を担当してもらう。ちょうど専属の炊事係がほしかったところだ」

「ま、待ってくれ。おれ、料理なんてしたことねぇよ」

「ジョセフに教えてもらえよ。あの邸宅に出入りする理由にもなるだろうしな」

「邸宅に……?」

「おまえ、さっきから不安そうな顔してるぜ。グレリオがそばにいないと、そんなに寂しいのか? いっそ、辺境伯の愛人にしてもらったらどうだ。きれいな顔だしな。たまには、男をあえがせるのも悪くないだろう」

「か、勝手なこと云うな。それに、グレリオは既婚者だ。そんなばかなことできるかよ(くっ、動じるな。こいつアロンツォの話は、まともに聞いちゃだめだ!)」

 たしかに、宿舎での共同生活に不安材料はあったが、なにも、グレリオに逢えなくなったわけではない。困ったことがあれば相談できる人物であり、離れていてもベルナルド領で暮らす以上、身の安全は保障されている。むしろ、有事のさいは領民として力を尽くすのが当然だ。

「わかりやすくて、かわいいやつだな」

「いちいちおれを揶揄からかうな!」

 アロンツォは、サファイアの髪飾りに指でふれた。その手をリツェルが振りはらう。グレリオからの大切な贈物だ。離れているからこそ、その価値を実感した。

「あせることはない。時間なら充分ある。せいぜいがんばれよ」

 知ったふうな口をきいて義弟の反応を愉しむアロンツォは、町の酒場や道具屋へも案内したが、現在のリツェルに所持金はない。どんな仕事であれ、少しでも働けば地方長官より支給される。つまり、リツェルの働きぶりは、かならず辺境伯の耳にとどく。

「おれ、ベルナルドの領民になったんだな……」

「なりたいものになれて、よかったじゃないか。ようするに、人間ひとは変われるってやつだ。変われないやつのほうが、不幸なんだよ」

 アロンツォの持論をよそに、じわじわとリツェルの胸は熱くなった。グレリオがととのえてくれた生活環境を大事にしなければと思ういっぽう、おぞましい記憶に縛られる心身は、他者とのかかわりに途惑うばかりだ。どうすれば払拭できるのか、リツェルの課題でもあった。

「アロンツォは独身なのか? 女泣かせだから、結婚できないとか?」

 これまでのやりとりから結論づけるリツェルは、いったん邸宅へもどる馬車のなかでアロンツォの顔を見つめた。斜め向かいに腰かける騎士団長は、それなりに好感が持てる風貌をしている。ひと晩かぎりでもかまわないと、裸身の女にベッドへ誘われる姿を想像して目をそらした。

「おれが、あわれな男に見えるか?」

「え?」

「婚約者ならいたぜ」

「いた?」

「今は王都にいる」

 意外な事実におどろいたが、離れて暮らす理由をたずねると、アロンツォは「王族に寝取られたんだよ」と、さらに虚を突いてくる。あまりにも衝撃すぎて、「なんでそんなことに……」と声がふるえた。男のリツェルでさえ、じかに肌をもてあそばれた感触は忘れがたいというのに、結婚を約束した相手がいる女性が、第三者に性的暴力をふるわれたら恐怖どころではないだろう。しかも、王族とはあり得ない。

「その女性は、どうしているの……?」

「どうもなにも、妊娠したからな。すぐさま王籍にくわえられて、身にあまる光栄だろうさ。最後に逢ったのは数ヵ月前だが、婚約解消も告げられたよ。あいつは、ふくらんだ腹に両手を添えて、しあわせそうだったよ」

 アロンツォは肩の力を抜いて「ふっ」と小さく笑ってみせたが、リツェルは返すことばに悩んだ。


《つづく》
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