ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

文字の大きさ
24 / 63
追放令息がゆく!

第24話

しおりを挟む

 エストラバ家へのあいさつは、先方の予定を確認中につき、連絡待ちとなっている。コンラッド男爵に書状を送ったのはアロンツォではなく、グレリオ辺境伯だ。ほとんどの手つづきをまかせているリツェルは、いつか恩返しがしたいと考えた。

 今後、身を置く場所は騎士団の宿舎となり、すでに成人年齢に達しているリツェルは、炊事係として働くことになった。当番制につき、もちろん休暇もある。そんな日を利用して、ベルナルド領を見てまわる愉しみもできた。リュディカ州は国境地帯につき、リツェルが暮らしていた地域とくらべ、自然が豊かで山や森などが多い景観だ。

 騎士団の宿舎で生活を送る三人(アロンツォは除く)と顔合わせをして、いったん邸宅へもどったリツェルは、玄関さきでジョセフと会話した。

「どうでしたか、リツェルくん」

「アロンツォが町を案内してくれた。酒場とか道具屋とか。おれ、炊事係に任命されたけど、料理なんか得意じゃないし、ジョセフに教わりたいンだけど……」

「いいですよ。宿舎への引っ越しは三日後ですからね。それまでに、いくつか簡単な献立メニューをいっしょにつくりましょうか」

「助かるよ」

 ジョセフとの会話を終えてふり向くと、アロンツォが「じゃあ、またな」といって御者に馬車を出発させた。パカパカと鳴る蹄の音を聞きながら見送るリツェルは、騎士団長の複雑な過去を懸念した。婚約者を王族に寝取られるなど、にわかには信じられない話だが、アロンツォがうそをつく理由はないはずだ。タドゥザ伯爵の性奴隷になりかけたリツェルは、無意識に眉を寄せた。

「あいつ、なんで笑っていられるんだ。ひどい話なのに……」

 独り言のつもりが、かたわらのジョセフに「もしや、婚約者の件ですか?」と聞き返された。思わず口をとざすリツェルに、ジョセフは小さく肩をすぼめた。

「騎士団長のことは、深刻に考えなくてもだいじょうぶですよ。彼の性格は後腐あとくされをきらいます。なにより、女性のあしらい方は上級者ですから」

「……女泣かせってこと?」

「あれは、ただの女たらしですよ。もっとも、辺境伯マルグレイブに迷惑をかけるような失態は容認できません。後始末をしくじるようならば、ぼくが不信任案を提出します」

 ジョセフは責任感が強く、課せられた使命を最後までこなす能力を秘めている。リツェルが信頼できる数少ない人物であり、謎めいた過去の持ち主でもあった。

「リツェルさま。あいさつまわりで疲れたでしょう。なかへはいって、どうぞ休んでください」

「う、うん。ありがとう。あと、おれって追放された貴族令息だし、敬語は使わなくていいよ。ふつうに接してくれよ」

「現在のリツェルさまは、エストラバ男爵の養子です。ご貴族である身分にかわりありませんので、そういうわけにはまいりません。すべては辺境伯マルグレイブによる最善の結果なのです」

「そ、そうか。わかった……(待てよ。おれから身分を剥奪しないように動いてくれたのか? あいつの領民になれたら、身分なんてどうでもよかったのに、おれはそう云ったのに、なんで……こんなにも……)」

 言外に示された気づかいが、リツェルの心をゆさぶる。知らずに受けた恩恵にどうむくいるべきか、グレリオが理想とする姿に近づきたいと思ったリツェルは、ぎゅっとまぶたをとじて、深呼吸をくり返した。

「おれは変わったんだ。これからだって、変わっていける。……あいつの大事なものを守れるくらい、強くなりてぇな」

 歩きだしたジョセフの背中を見つめ、付人のように支えることはできないが、なにかひとつでも役立てる能力を身につけようと目標をきめたリツェルだが、夜の厨房で悪戦苦闘することになる。

 考えてみれば、生卵の殻を割ったことすらなかった。ジョセフが手本を見せてくれたが、そのとおりにいかず、煮たつ鍋の湯気で涙がでそうになるリツェルは、ふがいなさを痛感した。

「うおぉ、料理って、こんなむずかしかったのかよ!」

「リツェルさま、あまりかき混ぜてはいけません。煮くずれしてしまいます」

「肉ずれ? このスープ、肉なんてはいってないぞ」

「煮くずれです。加熱の程度にもよりますが、具材がぶつかり合って、根菜類の形が崩れることですよ」

 ジョセフの腕が横からのびてきて、リツェルのかわりに鍋の火加減を調節した。なんとかできあがった料理を皿に盛りつけ、グレリオが待つ食堂へ運ぶ。


《つづく》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由

スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。 どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【8話完結】勇者の「便利な恋人」を辞めます。~世界を救うより、自分の幸せを守ることにしました~

キノア9g
BL
「君は便利だ」と笑った勇者を捨てたら、彼は全てを失い、私は伝説の魔導師へ。 あらすじ 勇者パーティーの万能魔術師・エリアスには、秘密があった。 それは、勇者ガウルの恋人でありながら、家事・雑用・魔力供給係として「便利な道具」のように扱われていること。 「お前は後ろで魔法撃ってるだけで楽だよな」 「俺のコンディション管理がお前の役目だろ?」 無神経な言葉と、徹夜で装備を直し自らの生命力を削って結界を維持する日々に疲れ果てたエリアスは、ある日ついに愛想を尽かして書き置きを残す。 『辞めます』 エリアスが去った翌日から、勇者パーティーは地獄に落ちた。 不味い飯、腐るアイテム、機能しない防御。 一方、エリアスは隣国の公爵に見初められ、国宝級の魔導師として華麗に転身し、正当な評価と敬意を与えられていた。 これは、自分の価値に気づいた受けが幸せになり、全てを失った攻めがプライドも聖剣も捨てて「狂犬」のような執着を見せるまでの、再構築の物語。 【勇者×魔導師/クズ勇者の転落劇】 ※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。 ※糖度低め/精神的充足度高め ※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。 全8話。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...