ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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追放令息がゆく!

第24話

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 エストラバ家へのあいさつは、先方の予定を確認中につき、連絡待ちとなっている。コンラッド男爵に書状を送ったのはアロンツォではなく、グレリオ辺境伯だ。ほとんどの手つづきをまかせているリツェルは、いつか恩返しがしたいと考えた。

 今後、身を置く場所は騎士団の宿舎となり、すでに成人年齢に達しているリツェルは、炊事係として働くことになった。当番制につき、もちろん休暇もある。そんな日を利用して、ベルナルド領を見てまわる愉しみもできた。リュディカ州は国境地帯につき、リツェルが暮らしていた地域とくらべ、自然が豊かで山や森などが多い景観だ。

 騎士団の宿舎で生活を送る三人(アロンツォは除く)と顔合わせをして、いったん邸宅へもどったリツェルは、玄関さきでジョセフと会話した。

「どうでしたか、リツェルくん」

「アロンツォが町を案内してくれた。酒場とか道具屋とか。おれ、炊事係に任命されたけど、料理なんか得意じゃないし、ジョセフに教わりたいンだけど……」

「いいですよ。宿舎への引っ越しは三日後ですからね。それまでに、いくつか簡単な献立メニューをいっしょにつくりましょうか」

「助かるよ」

 ジョセフとの会話を終えてふり向くと、アロンツォが「じゃあ、またな」といって御者に馬車を出発させた。パカパカと鳴る蹄の音を聞きながら見送るリツェルは、騎士団長の複雑な過去を懸念した。婚約者を王族に寝取られるなど、にわかには信じられない話だが、アロンツォがうそをつく理由はないはずだ。タドゥザ伯爵の性奴隷になりかけたリツェルは、無意識に眉を寄せた。

「あいつ、なんで笑っていられるんだ。ひどい話なのに……」

 独り言のつもりが、かたわらのジョセフに「もしや、婚約者の件ですか?」と聞き返された。思わず口をとざすリツェルに、ジョセフは小さく肩をすぼめた。

「騎士団長のことは、深刻に考えなくてもだいじょうぶですよ。彼の性格は後腐あとくされをきらいます。なにより、女性のあしらい方は上級者ですから」

「……女泣かせってこと?」

「あれは、ただの女たらしですよ。もっとも、辺境伯マルグレイブに迷惑をかけるような失態は容認できません。後始末をしくじるようならば、ぼくが不信任案を提出します」

 ジョセフは責任感が強く、課せられた使命を最後までこなす能力を秘めている。リツェルが信頼できる数少ない人物であり、謎めいた過去の持ち主でもあった。

「リツェルさま。あいさつまわりで疲れたでしょう。なかへはいって、どうぞ休んでください」

「う、うん。ありがとう。あと、おれって追放された貴族令息だし、敬語は使わなくていいよ。ふつうに接してくれよ」

「現在のリツェルさまは、エストラバ男爵の養子です。ご貴族である身分にかわりありませんので、そういうわけにはまいりません。すべては辺境伯マルグレイブによる最善の結果なのです」

「そ、そうか。わかった……(待てよ。おれから身分を剥奪しないように動いてくれたのか? あいつの領民になれたら、身分なんてどうでもよかったのに、おれはそう云ったのに、なんで……こんなにも……)」

 言外に示された気づかいが、リツェルの心をゆさぶる。知らずに受けた恩恵にどうむくいるべきか、グレリオが理想とする姿に近づきたいと思ったリツェルは、ぎゅっとまぶたをとじて、深呼吸をくり返した。

「おれは変わったんだ。これからだって、変わっていける。……あいつの大事なものを守れるくらい、強くなりてぇな」

 歩きだしたジョセフの背中を見つめ、付人のように支えることはできないが、なにかひとつでも役立てる能力を身につけようと目標をきめたリツェルだが、夜の厨房で悪戦苦闘することになる。

 考えてみれば、生卵の殻を割ったことすらなかった。ジョセフが手本を見せてくれたが、そのとおりにいかず、煮たつ鍋の湯気で涙がでそうになるリツェルは、ふがいなさを痛感した。

「うおぉ、料理って、こんなむずかしかったのかよ!」

「リツェルさま、あまりかき混ぜてはいけません。煮くずれしてしまいます」

「肉ずれ? このスープ、肉なんてはいってないぞ」

「煮くずれです。加熱の程度にもよりますが、具材がぶつかり合って、根菜類の形が崩れることですよ」

 ジョセフの腕が横からのびてきて、リツェルのかわりに鍋の火加減を調節した。なんとかできあがった料理を皿に盛りつけ、グレリオが待つ食堂へ運ぶ。


《つづく》
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