ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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追放令息がゆく!

第27話

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 グレリオのために料理をがんばるリツェルは、ちょっとした花嫁修業の気分になった。誰かのためにこれほど頭を使い、手足を動かしたのは初めての経験でもある。

「なんでおれ、こんな必死になってるんだ?」

 リツェルの打算的な行動を、ジョセフはどう思っているのか。食器棚から皿を用意する付人つきびとへ視線を向けると、「なにか?」と怪訝けげんそうな顔をした。

「な、なんでもねぇよ」

 ぎこちない返事をして、食堂へ向かう。庭の散歩から帰ってきたグレリオが、窓辺に立っていた。

「おまちどおさま」とリツェル。

「お待たせしました」とジョセフ。

 グレリオは配膳ワゴンを押して歩く付人とリツェルを交互に見て、「いいにおいだね」という。

「ああ。なかなか上手に焼けたぜ。りんごの形はちょっといびつ、、、かもしれないけど、味に問題はないはず!」

 寝ているときの悩ましいようすと異なり、リツェルの声は元気よく、明るい表情をして席につく。食卓テーブルのまんなかに、グレリオが摘んできた花が飾ってある。品種まではわからないが、小さな黄色い花だった。

「冷めないうちにいただこうか」

「どうぞ召しあがれ!」

 自信作とまではいかないが、それなりに上出来なりんごパイを、ナイフとフォークを使って切り分けるグレリオと、大きな口をあけてバクッとほおばるリツェルの脇で、ジョセフが紅茶をいれたカップを添える。

「どうだ?」

「ほう、とてもおいしいよ」

「やったぜ! ジョセフ聞いたか? うまいってさ」

「はい。聞きました。よかったですね」

 ジョセフより伝授されたパイは大成功である。リツェルは、アロンツォや騎士団の人たちにも早く食べさせたいと思った(りんごのパイ包みは得意料理となる)。

 一段落して部屋にもどったリツェルは、二度目となる引っ越しの準備を始めた。アルベリク家を出ていくときより、荷物は増えている。グレリオが新調した衣類や装飾具アクセサリー、ジョセフがつくった香水の瓶、いくつかの書物など、すべて辺境伯から持ち出しの許可を得たものである。

「かばんまでってもらって、なにもかも至れり尽くせりだな」

 着がえを詰めこんでいるところへ、ジョセフが木桶風呂を運んできた。朝食のあとではいると、あらかじめたのんでいたリツェルは、床へ布を敷くジョセフを見て、「騎士団の宿舎って、大風呂だったりして」とつぶやいた。そのとおりにつき、ジョセフがうなずく。

「やっぱりそうなんだ。おれ、アロンツォといっしょにはいりたくねぇなぁ……」

「現在は少数だけですが、多いときは三十名近くが共同生活を送っていましたからね」

「げっ、そんなにいたのか?(めっちゃ男所帯じゃねぇか。なんか不潔そう……)」

「治安と予算をかんがみて、辺境伯マルグレイブが通いの騎士を町へ配置した結果です」

 領民の安全と国の防衛を考えて領地を運営するグレリオは、無駄な経費を削減した上で、最善の体制をととえている。

「グレリオって、どんなやつなの」

 水瓶の湯を木桶風呂にそそぐジョセフは、湯気でくもった眼鏡越しにリツェルの顔を見据えた。

「気むずかしい人ですよ。お変わりになった部分もありますが、ごまかしは通用しないキレ者です」

「ジョセフでも?」

「むろん、ぼくでは相手になりません」

「……ふうん」

 邸宅では付人が身のまわりの世話を焼くきまりにつき、リツェルは襯衣を脱いで湯に浸かった。石鹸を海綿スポンジで泡立てるジョセフは、「失礼します」といって、リツェルの躰を磨いた。股のあいだへすべりこんでくる指に、ビクッと腰がふるえた。

「……ジョセフ、そこ、あまりさわらないで……くれ……」

 敏感な部位にふれられて、「んぁ……!」と甘い声を洩らす。これまで、ジョセフの指づかいに反応を示さなかった肉体が、なぜか溶かされてゆくような感覚に途惑った。下心などないジョセフは、かすかに眉をひそめて腕を引いた。タドゥザの幻影に悩まされる頻度は減ってきたが、グレリオの腕に抱かれる夢を見てしまうリツェルは、思わぬ事実と向き合う必要があるだろう。

「リツェルさま」

「……な、なに?」

「躰のすり傷ですが、すっかりよくなりましたね。もうどこにも傷痕は見あたりません」

「あ……、うん。そうかも……」

 云われて、水滴をはじく素肌をながめるリツェルは、降りしきる雨のなかを裸足で逃げてきた過去を思い浮かべ、遠い記憶のように感じた。


《つづく》
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