ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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追放令息がゆく!

第26話

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 リツェルの体質は受け身である。ジョセフに指摘されて愕然としたが、実際のところは図星だった。

「……あっ、……あっ、グレ……リオ……、そこは……だめ……っ、んぁっ! いい……、もっと……、もっと……! あっ、……あぁぁっ!」

「おそろしいほど矛盾していますが、わかりやすい夢を見ていますね」

「ジョセフくん、こんな夜中に私を呼びだしたかと思えば、リツェルくんの囈言うわごとを聞かせるためかい?」

 遅い時刻になって、廊下までひびくリツェルのあえぎ声を耳にしたジョセフは、辺境伯の寝室へ足を運んだ。よもやの事態を確認したグレリオは、ベッドの上で吐息を洩らすリツェルを見つめ、眉をひそめた。

「以前もお伝えしたとおり、彼は受け身でまちがいないでしょう。これまでのあいだ、夢精や自慰といった行為は確認できませんでしたが、このようすを見るかぎり、グレリオさまに特別な感情をお持ちなのは明白です」

 ジョセフの意見を否定せず「そうかもしれないね」とうなずく辺境伯だが、こうもつけ足した。

「一時的な対処療法ということも考えられるだろう。性的暴行を受けた記憶を上書きするために、私の幻影が役に立つならば本望だよ」

「はたして、それだけでしょうか」

「きみは、なにを勘ぐっているのだ? 少なくとも、悪夢にうなされるよりマシだろう」

 穏やかな表情でジョセフの発言を制するグレリオには、青年が快癒するまで見まもる義務があった。どのような心境であれ、リツェルの健康を優先する。

「あっ、……んぁっ! グレリオ……、グレリオぉ……!」

 名前を呼ばれる本人が見つめるなか、腰をゆらしてあえぐリツェルは、しあわせな夢を見ていた。好きな男の腕に抱かれ、手足から自然に力が抜けてゆく。体内領域に受けいれた異質なぬくもりは快感でしかなく、「いい……っ、そこ……、あぁっ!」と、淫らな欲望をさらけだす。

「ジョセフくん、退室しよう」

 ある程度状況を観察したグレリオは、リツェルが目をさます前に「報告は受理した。きみは部屋にもどって休みなさい」という。ジョセフは「はい」と素直に応じ、ふたりの男は廊下で別れた。洋燈ランプを持ち歩くグレリオは寝室ではなく執務室の扉をひらくと、机に置いて椅子に腰かけた。

「……ふう」 

 と、小さくため息を吐く。リツェルのあえぎ声が、まだ耳の奥に残っている。アレクシス家の公爵令嬢と寝台を共有した経験をもつグレリオは、むろん、男と愛し合ったことはない。さらに、アミシアとは政略結婚につき、子胤を授けることは必然だった。グレリオが肉体関係を強要したおぼえはないが、彼女とは初夜だけでなく何度も肌を重ねた。しかし、円満な家庭を築けなかったグレリオは、三年後に離縁している。

「すまない。私のほうが露骨すぎたな」

 リツェルの体質を知りながら、混浴を誘ってしまったグレリオは、静かに反省した。あさってには邸宅を出ていくことになるリツェルだが、グレリオの存在が心身のよりどころとなっている。その気持ちを大切にしているかぎり、不幸な夜はおとずれないのだろう。そう願うばかりである。


「なんか、スッキリした」

 朝、厨房で手洗いをするリツェルは、昨夜の汚名を返上するため、襯衣シャツの袖をまくると、ジョセフに果物の皮むきを教わった。包丁をもつ指に力がはいりすぎるため、危なかっしい手つきで作業をしていると、グレリオがやってきた。

「おはよう、ふたりとも。いいにおいだね」

「グレリオ! のぞき見は禁止だぞ。食堂で待っててよ」

「おはようござます。これからパイ生地にりんごをつつんで焼くところです。もうしばらくお待ちください」

「ああ、急がなくていいよ。私は庭を散歩してこよう」

 本来の目的は騎士団の宿舎でつくる料理の勉強だが、リツェルの目標は、なにがなんでもグレリオにおいしく食べてもらうことにおきかわっていた。アロンツォに渡された前掛けエプロンを身につけて食事の準備に奮闘する姿は、あたらしくめとった妻のようでもある。リツェルの真剣な横顔を見つめるグレリオは、彼がうしなったものを考えて、取りもどす機会をあたえた。もういちど人生をやり直す第一歩は、リツェル自身の力で踏みだしている。青年の気持ちをどう読み取るか、今後も向き合ってゆく必要があると判断したグレリオは、散歩する足をとめ、屋根から突きだす煙ぬきの塔を見あげた。りんごのパイが焼けるにおいがした。


《つづく》
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