ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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追放令息がゆく!

第30話

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 馬車から身を乗りだして手をふるリツェルは、かならずグレリオの力になると心にきめた。風にゆれるサファイアの髪飾りは、困ったときの資金となるよう、辺境伯からの贈物である。大切なものを手放さなくてすむ強さがほしいリツェルは、邸宅で過ごした日々のなかで、どんなことがあってもくじけずに生きる勇気を培った。

「おれは負けない。上流階級の人間なんかこわくない……」

 タドゥザに居場所が知られても、ベルナルド領の戸籍と、あらたな主人であるエストラバ家の存在があるかぎり、そう簡単に身柄を引き渡される心配はないだろう。なにより、目の前のアロンツォが、理不尽な要求にしたがうような男ではない。リツェルと騎士団長の関係は義理の兄弟であり、グレリオ辺境伯の後盾うしろだては心強く、ありがたいことだ。

「おまえさ、ルカのどこに惚れたんだ?」

「な、なんだよ、突然」

「今後の参考までに聞いておく」

「ジョセフは除外かよ」

「あの黒眼鏡は別格だ」

 たしかに。リツェルの裸身はだかを見ても、じかに肌へふれても、あやしい素振りは微塵もなかった。グレリオより謎の多い付人である。

「それより、エストラバってどんなひと? おれを養子にしてくれたのは、あんたの妹夫婦なんだろ」

「はぐらかしたな。まあ、いいか。エストラバ家は子爵の下位にあたるが、平民ではない。いわゆる男爵バロンってやつだ。おれの妹とは政略婚みたいなものだが、貴族令嬢は十六歳で見合いをして、十八歳までに出産するのが一般的だ。すでに三人目を身ごもっているロザリアも、あと数人は産む計画だ。エストラバ家の目的は、地位向上と経済力の確保だからな」

 当時、二十代後半だったグレリオ(実年齢より若く見える)も、十六歳のアミシアとの縁談を承諾している。身分を重視する政略的な結婚に歳の差は関係なく、貴族のあいだでは主流となっていた。

「アロンツォの妹を、おれが母さんって呼ぶのか?」

「名前でいい。ロザリアと呼べ。あいつも同じことを云うだろうしな。コンラッドのことも、義父だと思ってうやまう必要はまったくない」

「そんないいかげんで、だいじょうぶなのかよ」

「逢えばわかるさ」

 馬車の座席シートで騎士団長と向かい合う青年は、あらためて自分が何者であろうとかまわないと思った。うす暗い地下牢から逃げださなければ、タドゥザ伯爵のなぐさみものとして悲惨な末路をたどっていたはずだ。グレリオのおかげで、別人となって生きてゆける。

「おれは、しあわせ者だな……」

「感謝するのはあとにしろ。きょうはおまえの歓迎会だ。派手にやるから覚悟しておけよ。たらふく酒をのむぞ」

「歓迎会だって? そんなの聞いてないし、騎士が酒なんかのんでいいのかよ!」

「遠慮するな。あすは休みだ。のんでのんで、のみまくる」

 理由をつけて飲酒に興じたいアロンツォは、宿舎の食堂に酒樽を運びこんでいた。

「きたきた。リツェルくん、こっちだよ」

 長方形の食卓テーブルを囲う三人の男は、襯衣の胸もとに騎士団の記章バッジをつけている。左から順に、ロビンス、ジョルディ、クレメンテという名前である。彼ら三人の出身はリュディカ州ではない。王族により任命された先がベルナルド領につき、宿舎で生活を送っていた。地元の騎士は、周辺の町に配属されている。

「きょうからよろしくね」と、いちばん若いロビンスが笑顔で歓迎する。気さくな人物で、リツェルと年齢も近い。

「あすは休日だ。きみに料理をつくってもらうのは、あさってからになる。ここにいる連中はなんでも食べるから、配給の食材は好きなように調理してくれ。足りないものがあれば、クレメンテに云えばいい」と、長身のジョルディがリツェルを見おろして云う。

「ぼくの担当は会計と救護です。備品の管理だけでなく、健康相談もお気軽にどうぞ」と、長髪をゆるく束ねたクレメンテが補足した。

「みんな、よろしく」と、リツェルが緊張ぎみに軽く頭をさげると、アロンツォが酒樽をバシバシ叩いた。

「よし、始めるか。乾杯するぞ!」

 昼間から浴びるように酒をのむアロンツォをよそに、リツェルは豪快な肉料理を食べることに夢中になった。グレリオの邸宅ではテーブルマナーにしたがって上品に食べる必要があったが、もはや自由だ。

「うまい、うまい! うめぇ!」

 無事に宿舎への引っ越しをすませたリツェルは、にぎやかな初日を終えた。


《つづく》
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