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リツェルと騎士
第38話
しおりを挟む身分の高い女からの求めは、騎士にとって名誉なことである。性格や見た目よりも肉体の相性が重要であり、こればかりは実際に肌を重ねてたしかめ合うしかない。
現在、四十代前半のジョルディは奉仕の求めが尽きなかった。長身でありながら鍛えあげた躰つきは筋肉質でたくましく、男らしい太い眉をしている。ジョルディの才能を生身で堪能したい女たちは、夫が留守の日を狙って玄関の鍵をあけておく。夜間の見まわりでジョルディが寝室へ足を踏みいれるたび、そこには全裸で横たわる女が待っていた。
「あっ、あん! あぁぁーっ!」
刺激と快楽にあえぐ女の声は、性交渉に時間を費やす騎士にとって、ときどき耳障りに聞こえた。満足を得た女が金銭を差しだすと、ジョルディは黙って受けとった。
「あぁん、ジョルディさま。今夜も最高だったわぁ……。でも、つれないのね。もういってしまうの? ……ねぇ、いつまで独身でいるつもり? いっそのこと、あたしと結婚しませんこと。そうすれば、あなたはもっと上の人間になれるわ」
ジョルディは、いつまでも熱が冷めない女の顔を見おろすと、長い髪をやさしく撫でてやった。騎士は、性欲処理を目的とした相手と接吻を交わすことはない。抱き合っている最中にうっかり唇を被せてしまうと、求婚を意味する行為となってしまい、にわかに女を期待させ、あともどりできなくなってしまう。
また、リュディカ州で暮らす中流階級の女たちは、騎士団員と余暇を愉しむ傾向にあり、団長のアロンツォさえ危険を冒すくらいだ。もっとも、ほしいものを手にいれるため男を利用する女を、あなどってはいけない。
「そうそう、ジョルディ聞いてくれる? あたしね、見たのよ」
「なにをだ?」
「騎士団の宿舎に、団長さんが女を連れこむと・こ・ろ」
「そりゃ、見まちがいだろう。あるわけがない」
「そうね。きっと、あたしの見まちがえ。だって、宿舎は女人禁制ですもの。……じゃあ、あの子は誰? もしかして幽霊? 黒みのある茶色い髪に、高価なサファイアをあしらった髪飾りをつけていたわ。まさか娼婦? 細身できれいな子だったの」
ベッドの上で腹這いになる女は、くすッと笑った。最近になって、団長が宿舎へ連れこんだ人物は、住みこみで働くことになった追放令息だけである。女は事実を勘ちがいしているため、ジョルディは吹きだしそうになった。
「あたしはね、渋くて上品な辺境伯さまより、気前がよくて勇敢な騎士団長さんより、ずっとあなたのほうが好きよ。……だから、まじめに将来を考えてみて。このあたしが、ジョルディさまをしあわせにしてあげる」
女は唇をゆるくあけて笑う。騎士は下限の位階であることが多く、土地の所有権や爵位を得るためには、貴族令嬢や人妻を信奉すればいい。封建制度における階級は、下級、中級、上級、大貴族とあり、伯爵から上の人間を上級貴族と呼び、辺境伯は高権力を認められた地方長官である。グレリオの権限はタドゥザ伯爵より大きく公爵に匹敵するほどで、世襲化にともない領邦君主へと成長していった。
ベルナルド領は実質的な独立国家として存在しており、王族や諸侯が権力をふるえたのは、自らの領地においてのみである。血縁での結びつきが身分と政治の秩序を保つとされ、地域の安定と文化の発展を実現させてゆく。
「おれは騎兵として戦うことを義務づけられた蛻だ。悪いが、きみをめとるつもりはない」
「そう、残念ね。……さあ、帰って。そろそろ夫が帰ってくるかもしれないわ」
きっぱり「その気はない」と告げられた女だが、大きな胸をゆらしながら手をふった。
《つづく》
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