ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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リツェルと騎士

第37話

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 騎士団にはおきてがある。主君を守るべし、公教会、王侯貴族、寡婦、孤児の保護者にして守護者となるべし、乱暴を許さず、不当な争いをするべからず。……といった円卓の誓いは数え切れないほどで、アロンツォが率いる騎士団でも、古くから受け継がれてきた。

 炊事係を担当するリツェルに、きびしい誓約はない。あくまで、宿舎に住みこんで働く飯炊き当番のような存在であり、わずかだが給金も発生した。騎士団の顧問官であるグレリオが雇用主であり、修行中の騎士見習いは無給となる。

 いつのまにか眠っていたリツェルは、ぼんやりと目をさました。枕もとに人の気配を感じて、顔だけ横向けると、アロンツォが椅子に坐っていた。


「……あれから、ずっといたのか?」

「まあな。夢見が悪くて暴れだしたら、誰かが止めてやらなきゃだろうがよ。ったく、やっと起きたか。世話の焼けるお子さまだぜ。……時刻は午后だ。腹が減っているなら、クレメンテがつくった野菜汁があるぞ。食べるか?」

「それより、着がえとか水がほしいかも……」

 裸身はだかのリツェルは、ベッドから抜けだせない。アロンツォに服を取ってもらった。ふだん着として身につける麻の胴衣トゥニカは膝丈まであり、細い腰紐がついている。蝶々結びにしてサファイアの髪飾りをさしなおすリツェルを見たアロンツォは、わざとらしく肩をすぼめた。

「な、なんだよ。云いたいことがあるなら、はっきり云えよ」

「べつにたいしたことじゃない。ただ、女みたいだなと思っただけだ」

 リツェルは「おれは男だ」と云い返したが、アロンツォはあっさり話題を変えた。

「おまえさ、戦士と騎士のちがいがわかるか」

「なに、急に。なんの話」

「わからないのか」

「ど、どっちも似たような印象だけど……」

 アロンツォはベッドの端へ腰をかけ、「全然ちがう」と首をふる。ギシッと軋む音がして、妙な空気が流れた。

「いいか。戦士ってのは、より多くの敵を殺したものが階級をあげていく。騎士には、聖なる義務がある。ふだんは評判よくふるまって、求めがあれば奉仕もする」

「求めって、なんの?」

「身分の高い女の誘いに乗ってやるんだよ。とくに未亡人との性交渉は、騎士にとっては過分な労働のひとつとも云える」

「な、なんだよそれ。そんなことをして、騎士道に反しないのかよ」

「無尽蔵の暇と肉体を持て余す女たちは、高性能な雄性おすを誘惑して、欲望を満たそうとする。いまごろ、ジョルディのやつも人助けをしているだろうさ」

 そういえば、朝食のあとジョルディは姿を消している。町全体の見まわりや領民への声がけは騎士の役割だが、女性宅にあがりこんで寝台を共有しているとは、とうてい理解できない。

「アロンツォも、奉仕とかいって未亡人を抱くのかよ……」

「求めがあるかぎりはな」

「さ、最低だ。そんな話、聞きたくなかった……!」

「おれに聞かされなくても、ジョルディが帰ってくればわかることだ。おまえは、世間知らずだからな。おどろくたびに失神されたら面倒なんだよ」

 罵声をあびせたいところだが、呆然となるリツェルは、ことばが浮かばなかった。アロンツォは騎士の結婚観について話すつもりだったが、リツェルの頭が正常に働かないようすを察して、会話を終えた。


「ま、待てよ。グレリオはどうなるんだ? 再婚するのか? あいつは……また……」

「なに云ってんだ。他者ルカのことより、おまえは早く体調をととのえておけ。そんな病人みたいなツラをしていたら、エストラバ家へあいさつに行けなくなるぞ」


 リツェルの返事を待たず扉をあけて部屋をでていくアロンツォは、廊下の曲がり角で鉢合わせたクレメンテに非難された。


「団長、リツェルくんに八つ当たりとは、らしくありませんよ」

「おまえ、その口ぶりだと最初から聞いてたな。まったく、小者ガキといいおまえといい、諜報活動は敵中よそでやれってンだ」


《つづく》
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