ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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リツェルと騎士

第36話

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 グレリオが結婚するかもしれない。そう思って黙りこむリツェルは、表情を硬くした。辺境伯という身分にさいして、いつまでも単身者でいるわけにはいかない。状況は呑みこめたが、グレリオが女を抱くようすを想像した瞬間、受け身の感覚としてとらえるリツェルは、にわかに当惑した(グレリオは、どんなふうに相手を求めるのだろう……)。

「うぐっ!?」

 ふいに、腹底から酸っぱいものがこみあげてきて、前のめりにふらついた。

「どうした。具合でも悪いのか」

 血の気が引いてめまいがするリツェルは、アロンツォがのばした腕を無意識に振りはらった。

「おれにさわるな!」

「なんだよ急に。小者ガキのくせにさかるなよ」

「うるさい! おれは、おれは……っ」

 忘れようとした記憶を鮮明に思いだして、激しい吐き気に襲われるリツェルは、タドゥザ伯爵にもてあそばれた下半身から力が抜けてゆく。

「おい、だいじょうぶか」

「や、やめろ、さわるな……! おれに、さわらないで……っ」

 たとえ合意を得られずとも、リツェルの肌にふれても発作を起こさない男はべつにいる。しかし、異常事態を無視するわけにはいかないアロンツォは、暴れて腕をふりまわす青年を強引にかつぎあげた。

「やだ、やだ、いやだぁ……!」

「耳もとでさわぐな。部屋まで運ぶだけだ。いやでもがまんしろ」

 アロンツォが大股で歩くたび、振動が全身につたわるリツェルは、がまんできずに嘔吐した。廊下の途中で出喰わしたロビンスは、ぎょっとして声をあげた。

「団長、くさい!!」

「おれがくさいみたいに云うな。ちょうどいい。おい、ロビンス。クレメンテをリツェルの部屋に呼べ。おまえは湯を沸かして持ってこい」

「え? あっ、あれ? 臭うのはリツェルくんでしたか! いったいなにが……」

「早くいけ」

「は、はい! すぐに呼んできます!」

 クレメンテには医学の知識がある。念のため、リツェルの体調を診てもらい、それから経過を観察することにした。


「なにを……するんだ……」

「汚れた服を脱がせるだけだ。やましいことはしない。クレメンテに診てもらうあいだ、おとなしくしろよ」

 リツェルをベッドに横たおらせたアロンツォは、吐瀉物のせいで異臭を放つ襯衣シャツとズボンを脱がせると、下着に手をかけた。

「や、やめ……っ!?」

「おまえの裸身はだかなら、いちど見ている。全部おぼえているし、おれに隠すだけ無駄だぜ」

 強いめまいのせいで起きあがることができないリツェルは、足から下着を引き抜かれると、「くそぉ……!」と、肩をふるわせた。

「団長、はいります」

「きたか、クレメンテ。こいつを診てやってくれ。いきなり庭で吐きやがった」

「はい。わかりました」

 あとからロビンスも顔をだし、木桶にいれた湯水と手ぬぐいをアロンツォへ渡した。ジョルディの姿はない。彼は今、宿舎を留守にしている。いくつか質問したのち、クレメンテは触診をするためリツェルの腹部へ指を添えた。ビクッと、おおげさに腰へ力がはいってしまうと、アロンツォは眉をひそめた。

 騎士団員たちは、落ちぶれた門閥の追放令息リツェルがグレリオに助けを求めた結果、領民の戸籍をあたえられ、付人のジョセフによる生活指導を受けたのち、エストラバ家と養子縁組をしたと説明されている。別人として生きる以上、おぞましい過去は切り離して考えるべきだと判断したグレリオは、タドゥザ伯爵の件はアロンツォにだけ告げた。

「クレメンテ、こいつの具合はどうなんだ」

「はい。これは一時的な症状かと思われます。脈も安定してきました。このまましばらく横になっていれば、おちつくでしょう」
 
「わかった。ふたりとも下がれ」

「えっ、でも、まだここに……」リツェルを心配して、うろうろするロビンス。「あとは団長にまかせましょう。ほら、行きますよ」というクレメンテが、ロビンスの退出をうながした。リツェルはベッドの上でまぶたをとじている。

 手ぬぐいを湯水でしぼるアロンツォは、青年の躰に付着した汚れを拭いた。無気力状態となっているリツェルだが、少しでもアロンツォが余分な動きを見せたときは、思いきり突き飛ばすつもりだった。


《つづく》
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