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リツェルと騎士
第35話
しおりを挟む「なんだ? 手もとを離れた追放令息が心配で、ようすを見にきたのか」
「騎士団長がそばにいるかぎり、リツェルくんの身は安全だと思っているよ。私の用件は、互いに耳が痛くなるものだ」
「ってことは、縁談か? ……貴族の阿呆どもめ。こんな辺境地にいる男やもめをあぶりだして懐柔したがるとは、恥知らずも大概だな」
わずらわしい権力争いを避けたい辺境伯と騎士団長は、親等が近しい者による縁談(根まわしとも)を好まない。とくにアロンツォは、この地で骨を埋めるつもりである。騎士として各地をめぐるうち、ようやく気にいった田舎町に腰を据えることができた。いっぽう、代々リュディカ州の領地を統治する地方長官の嫡男として生まれたグレリオは、より多くの支配権をもつ公爵の意向にしたがって政略婚を承諾したが、令嬢とは三年ほどで夫婦生活の解消に至る。
「うーん、遠くてよく聞こえないな。ふたりとも、なにを話しているんだ?」
木陰で聞き耳をたてるリツェルは、アロンツォの背中がじゃまをして、グレリオの表情を確認することができなかった。もう少し身を乗りだしたいところだが、リツェルの位置は逆光になっており、グレリオ側から発見しやすいため、なるべく躰を小さく折りたたんで、じっと動かずにいるしかない。
「これはきみ宛のものだ」というグレリオは、黒衣の内側から封書を抜き取った。アロンツォは送り主の名前を見るなり、
「そんなもの封を切るまでもない。これ以上、利己主義の連中にふりまわされるのはごめんだ」
と、いつもより声を低めて云う。それから、突然くるっとふり向いて、「おい、出てこい」と木陰に隠れる人物を牽制した。
「たくよ、尾行も盗み聞きも下手くそすぎだ。おまえの諜報活動は命取りだな。小者のくせに、そんなに死に急いでどうするんだ」
「わ、悪かったな。べつに死にたいわけじゃないから!(ちぇっ、最初から見つかってたのかよ……)」
アロンツォはその場を一歩も動かずにいたが、項をつかんで引きずりだされた気分になるリツェルは、気まずそうにグレリオのほうへ視線を向けた。いつもどおり、辺境伯は穏やかな調子である。内心ホッとしたが、アロンツォに大きなため息を吐かれた。
「おまえって、本当にわかりやすいな。……おい、ルカよ。こんなに慕われるくらいなら、あのまま邸宅に置いてやればよかったんじゃねぇの?(どうして、わざわざ遠ざける?)」
「アロンツォ、余計なこと云うな!」
「リツェルくん、日光浴かい」
場をなごませるつもりで笑みを浮かべる辺境伯は、アロンツォのかわりに返信を引き受け、ふたたび黒衣の内側へ書状をしまった。グレリオの躰の一部が動くたび、渋い香水のにおいが漂ってくる。上品で清潔感のある見た目と、独特で官能性のある香調は、リツェルの思考をぼんやりさせた。
銅像の向こう側に見える窓から、ロビンスが配膳ワゴンを厨房のほうへ押していく姿を目にしたグレリオは、ほんの少し眉を寄せた。
「きみに、お茶をいれるよう云っておきながらすまないね。私はお暇させてもらうよ」
「帰っちまうのか? おれ、話したいことがあって、チリソースも味見してもらいたかったのに……」
「次は、きみのほうで邸宅を訪ねてくれたまえ。そのときは、かならず時間をつくろう」
グレリオは軽く首をふって詫びると、御者を待たせている小径へ歩いてゆく。わずかな会話だけで物足りないリツェルは、ぎゅっと唇を結んで見送った。
「なにかと忙しいやつのくせに、おれが却下する書状とわかって届けにくるなんて、辺境伯にしちゃ、めずらしいな」
「グレリオが持ってきた書状って、どんな内容だったの」
「再縁話にきまってるだろ」
「さい……えん……」
途絶えることなくつづく縁談を断る理由とは、はたして──。
《つづく》
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