ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

文字の大きさ
35 / 41
リツェルと騎士

第35話

しおりを挟む

「なんだ? 手もとを離れた追放令息お子さまが心配で、ようすを見にきたのか」

騎士団長あなたがそばにいるかぎり、リツェルくんの身は安全だと思っているよ。私の用件は、互いに耳が痛くなるものだ」

「ってことは、縁談あれか? ……貴族の阿呆どもめ。こんな辺境地にいる男やもめをあぶりだして懐柔したがるとは、恥知らずも大概だな」

 わずらわしい権力争いを避けたい辺境伯と騎士団長は、親等が近しい者による縁談(根まわしとも)を好まない。とくにアロンツォは、この地で骨をうずめるつもりである。騎士として各地をめぐるうち、ようやく気にいった田舎町に腰を据えることができた。いっぽう、代々リュディカ州の領地を統治する地方長官の嫡男として生まれたグレリオは、より多くの支配権をもつ公爵デュークの意向にしたがって政略婚を承諾したが、令嬢アミシアとは三年ほどで夫婦生活の解消に至る。


「うーん、遠くてよく聞こえないな。ふたりとも、なにを話しているんだ?」


 木陰で聞き耳をたてるリツェルは、アロンツォの背中がじゃまをして、グレリオの表情を確認することができなかった。もう少し身を乗りだしたいところだが、リツェルの位置は逆光になっており、グレリオ側から発見しやすいため、なるべく躰を小さく折りたたんで、じっと動かずにいるしかない。

「これはきみ宛のものだ」というグレリオは、黒衣の内側から封書を抜き取った。アロンツォは送り主の名前を見るなり、

「そんなもの封を切るまでもない。これ以上、利己主義の連中にふりまわされるのはごめんだ」

 と、いつもより声を低めて云う。それから、突然くるっとふり向いて、「おい、出てこい」と木陰に隠れる人物を牽制した。

「たくよ、尾行も盗み聞きも下手くそすぎだ。おまえの諜報活動は命取りだな。小者ガキのくせに、そんなに死に急いでどうするんだ」

「わ、悪かったな。べつに死にたいわけじゃないから!(ちぇっ、最初から見つかってたのかよ……)」

 アロンツォはその場を一歩も動かずにいたが、うなじをつかんで引きずりだされた気分になるリツェルは、気まずそうにグレリオのほうへ視線を向けた。いつもどおり、辺境伯は穏やかな調子である。内心ホッとしたが、アロンツォに大きなため息を吐かれた。

「おまえって、本当にわかりやすいな。……おい、ルカよ。こんなに慕われるくらいなら、あのまま邸宅に置いてやればよかったんじゃねぇの?(どうして、わざわざ遠ざける?)」

「アロンツォ、余計なこと云うな!」

「リツェルくん、日光浴かい」

 場をなごませるつもりで笑みを浮かべる辺境伯は、アロンツォのかわりに返信を引き受け、ふたたび黒衣の内側へ書状をしまった。グレリオの躰の一部が動くたび、渋い香水のにおいが漂ってくる。上品で清潔感のある見た目と、独特で官能性のある香調は、リツェルの思考をぼんやりさせた。

 銅像の向こう側に見える窓から、ロビンスが配膳ワゴンを厨房のほうへ押していく姿を目にしたグレリオは、ほんの少し眉を寄せた。

「きみに、お茶をいれるよう云っておきながらすまないね。私はおいとまさせてもらうよ」

「帰っちまうのか? おれ、話したいことがあって、チリソースも味見してもらいたかったのに……」

「次は、きみのほうで邸宅を訪ねてくれたまえ。そのときは、かならず時間をつくろう」

 グレリオは軽く首をふって詫びると、御者を待たせている小径こみちへ歩いてゆく。わずかな会話だけで物足りないリツェルは、ぎゅっと唇を結んで見送った。

「なにかと忙しいやつのくせに、おれが却下する書状とわかって届けにくるなんて、辺境伯あいつにしちゃ、めずらしいな」

「グレリオが持ってきた書状って、どんな内容だったの」

「再縁話にきまってるだろ」 

「さい……えん……」

 途絶えることなくつづく縁談を断る理由とは、はたして──。


《つづく》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2:10分に予約投稿。  *執着脳筋ヤンデレイケメン×儚げ美人受け   【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、クリスがひたすら生きる物語】  大陸の全土を治めるアルバディア王国の第五皇子クリスは謂れのない罪を背負わされ、処刑されてしまう。  けれど次に目を覚ましたとき、彼は子供の姿になっていた。  これ幸いにと、クリスは過去の自分と同じ過ちを繰り返さないようにと自ら行動を起こす。巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞っていく。  かわいい末っ子が兄たちに可愛がられ、溺愛されていくほのぼの物語。やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで、新たな人生を謳歌するマイペースで、コミカル&シリアスなクリスの物語です。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

【完結】落ちぶれ後天性アルファと踊り子オメガの小夜曲

柏木あきら
BL
 オメガが身を売り、ベータが買う欲望の街【ダスク】にアルファのカークが現れた。ベータから後天性アルファになった彼はとある偉業を成功させ、『奇跡のアルファ』と世間から称賛の声を浴びていた。  しかし今や彼は『落ちぶれアルファ』という不名誉な呼び名で指を刺される始末。フェイスベールをつけ、顔を隠しながら入った場末のバーでカークはとあるオメガのダンサーと出会う。  何もかもを失ったカークがダンサーのシチャに惹かれ、彼のために奮起していく。

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。

処理中です...