ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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リツェルと騎士

第34話

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 リツェルは、とうとう自ら切りだした。

「なあ、味はどうなの?」

 騎士団の宿舎にて、初仕事となった朝食において、今後のためにも意見がほしい。長方形の食卓を囲う騎士団員は、それぞれ味の好みが異なる。つくるからにはおいしく食べてもらいたいし、それには創意と工夫が必要だ。そわそわと視線を泳がせるリツェルに、アロンツォが最初に声を発した。

「このピリッと辛いソースはうまいよ」

「ほ、本当か?」

「ああ。パンにも野菜にも合うが、魚料理にも使えそうだ」

「魚? そんなのどこで手にいれるんだ」

 ようやく感想が聞けてよろこぶリツェルに、パンをほおばりながらジョルディが口をはさんだ。

「宿舎の南にある釣場で、いつでも川魚が捕れるぜ。保存食の塩漬けなら、クレメンテが仕込んでいる。……あ、このソース、おれもうまいと思うぜ。もっと唐辛子をいれてもいいくらいだがな」

 ジョルディも満足したようすで、ロビンスも「ぼくのは甘くておいしいよ」といって、リツェルを安堵させた。食事中のクレメンテはしゃべらないため、あとで確認することにした。リツェルも小皿を手に取り、パンにソースをぬって食べた。

 無事に朝食を終えて食器をかたづけるリツェルに、クレメンテは「おいしかったです」とほほ笑むと、「しかし、全体的に味つけが濃いようです」とつけくわえた。ロビンスいわく、クレメンテは健康志向が高いのか薄味を好む。実際、騎士団では救護や会計を担当している。リツェルは小さくうなずき、料理の奥深さを感じた。毎日のようにグレリオへ食事を提供するジョセフは、やはり有能なのかもしれない。辺境伯の付人つきびとを見習って、できることからがんばるつもりだ。

 昼食の時間まで各自洗濯や掃除、訓練場で剣術の腕を磨く。玄関で思わぬ人物と鉢合わせたリツェルは、「あっ!」と短く叫んだ。渋い香調がにおいたつ。騎士団の顧問官でもある辺境伯がやってきた。

「グレリオ! どうしてここに……(まさか、おれに逢いにきてくれたとか!?)」

「やあ、リツェルくん。元気そうだね」

 パッと明るい表情に変わる青年は、うれしさのあまり小走りでグレリオのもとへ近づいた。引っ越し後わずか三日しか経っていないが、数ヵ月ぶりにグレリオの顔を見たような気がしたリツェルは、無意識に好きな男を熱心に見つめた。

「アロンツォくんはいるかい」

「団長なら、さっき庭のほうに行ったけど、なんの用?」

「それは秘密だ。では、もどるまで少しおじゃまするよ」

「なんで秘密? おれには話せない用事なんて、余計に気になるじゃん」

「リツェルくん、お茶を一杯もらえるかな」

「あ……、わ、わかった。すぐ用意するから食堂で待ってて!」

 あっさり話題をすり替えられたが、リツェルはグレリオのために湯を沸かし、移動式の配膳ワゴンに茶器をならべた。予期せぬ来訪に、よろこんでばかりはいられない。グレリオに良いところを見せたいという欲がでたリツェルは、チリソースの残りを添えた。せめて味見をしてほしい。そう思って食堂へ向かうと、グレリオの姿はなく、香水のにおいだけ漂っていた。

「あいつ、どこ行ったんだ?」

 リツェルが案内しなくても食堂の場所を知っていたため、宿舎へは何度も足を運んでいるのだろう。食堂で待つべきか、グレリオをさがしに行くべきか悩んでいると、ロビンスが歩み寄ってきた。

「リツェルくん、廊下で辺境伯さまを見かけたよ。あのひと、いつ見てもすきがなくて、かっこいいなぁ」

「グレリオのやつ、おれにお茶をいれさせといて、どこへ向かったんだよ」

「たぶん裏口かな。そこから庭にまわれるし、アロンツォ団長も見かけたからさ」

「あのふたりって、よく話をするのか?」

「そりゃあ、いろいろあると思うよ。ベルナルド領の騎士団長と辺境伯さまだもの」

 軽い調子で受け答えをするロビンスをよそに、チリソースの小皿へ視線を落とすリツェルは、胸の奥がざわつきはじめた。ふたりの男がなにを話すのか、どうしても内容が気になるため配膳ワゴンを手放した。「あれ? どこ行くの?」というロビンスの声は、もう聞こえない。グレリオの香水をたどり、宿舎の裏口までたどりつく。なるべく足音を立てないようにゆっくり庭さきへまわりこむと、経年劣化して顔面が崩れている銅像のまえで、アロンツォとグレリオが向かい合っていた。

 リツェルは姿勢を低めて大きな樹の裏側に隠れると、秘密の会話に耳をそばだてた。


《つづく》
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