ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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リツェルと騎士

第33話

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 宿舎での朝、日の出と共にベッドから抜けでたリツェルは、顔を洗って着がえると前掛けエプロン姿で厨房に向かった。いちばん乗りかと思いきや、クレメンテが身仕度みじたくをすませて待っていた。

「お、おはようございます。早いですね(うおっ、びっくりした……!)」

「おはようございます。最初のうちは、リツェルくんのお手伝いをさせていただこうと思いまして。余計なことかもしれませんが、ほとんどの食材には賞味期限がありますから、保存方法なども勉強が必要となるでしょう」

 調理器具の使いかたはジョセフに教わったが、食べものの専門知識はあまり身にそなわっていないリツェルは、「よろしくお願いします」と軽く頭をさげた。

「それと、これはぼくからの忠告アドバイスです。いくつかの献立メニューを紙に書きだして壁に貼りつけておくと、毎度なにをつくろうか悩まずにすみますよ」

 使った食材がわかれば、仕入れも管理がしやすいというクレメンテは、長い髪をゆるく結んでいる。おちついた風貌から年齢を読み解くのはむずかしいが、リツェルより歳上であることはまちがいない。敬語は苦手だが、騎士団のなかでは要注意人物として、念のため心理的な距離を保っておく。

「では、なにから始めますか?」

「あ、うん。まずはソースをつくろうかと……」

 トマトを粗く砕いて辛み成分のある香辛料をふりかけ、食塩や酢とまぜ合わせることで、簡単なチリソースが出来上がる。砂糖やはちみつをくわえると、まろやかな甘さにもなる。グレリオの邸宅では、ジョセフがお手製のソースをつくり、野菜やパンにぬって食べることが多かった。朝はパンなどの穀物や豆類、昼は肉類やスープ系、夜は炒めものや鍋ものを食べる。ある程度きまった料理を提供する流れとなり、たまに焼き菓子や果物を添えたりする。辺境伯が口にする料理として、ジョセフは貴族らしい上品な味つけを研究していたが、騎士団では人によって好みがわかれるため、二種類のソースをつくることした。


「おはようさん。なんだ、リツェル。クレメンテといっしょに花嫁修業か?」

「そんなんじゃねぇ!」


 あくびをしながら厨房へ顔をだした騎士団長のアロンツォは、ヘソが見えるほど襯衣シャツの前がはだけている。だらしない恰好かっこうではあるが、ロビンスいわく、団長は体術が得意らしく、剣技においてはジョルディがいちばんの強者つわものらしい。いざとなれば、アロンツォは素手で戦うようだ。また、左顎から鎖骨にかけて見える縫合痕を隠そうともしない。豪快で不敵な男である。

「おはようございます、団長。リツェルくんの料理でしたら、もうすぐ完成しますよ。食事でお待ちください」

「はいよ」

 クレメンテのことばで引きさがるアロンツォは、だが、すぐにまた顔をだした。ソースを人数分の小皿へ移すリツェルを指さして、「あしたの午后、エストラバ家にあいさつに行くぞ」という。そして、相手の返事を待たず、廊下を歩いてゆく。

 いよいよアロンツォの妹夫婦と対面する日がきたリツェルは、手にしていた小皿を床へ落としそうになった。ロザリアの夫であるコンラッド男爵は、義理の息子となったリツェルを見てどう思うのか。今から緊張する青年の横で、スプーンを用意しているクレメンテは、

「素のままにふるまうのが、いちばんだと思います」

 と、さりげなく助言した。かしこまって失敗するよりも、いつもどおりの姿を見せたほうが、コンラッドも判断に迷うことはないだろう。

「う、うん。そうする……」

 敬語を忘れたが、クレメンテは気にしないようすで、ニコッと笑った。できたばかりのソースを添えて食堂へ運ぶと、ロビンスとジョルディもそろっていた。

「おはよう、リツェルくん」とロビンス。

「おっ、うまげなにおいがするな」とジョルディ。

「みんな、お待たせ」 

 配膳の順番を考えるよりさきに、ジョルディの腕がのびてきて、小皿を取りわけた。宿舎ここでは、あまり礼儀作法にこだわらないようだ。長方形の食卓につき、どこへ坐ればよいのか迷っていると、「ここ、空いてるよ」と、ロビンスがとなりをすすめてくれた。

「それじゃ、いただくか」とアロンツォ。

「いただきまーす」とロビンス。

 ジョルディとクレメンテも「いただきます」といってスプーンを手に取った。リツェルは味の感想を聞けるまで、団員たちの食べっぷりをながめた。


《つづく》
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