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リツェルと騎士
第32話
しおりを挟む騎士団の宿舎には、いちどに数人が入浴できる石造りの大風呂があった。川の水を引いて別棟の釜殿で沸かし、鉄筒をとおって湯をたたえる。洗場には木製の桶や椅子もあり、のんびり湯あみをすることができた。
「リツェルくん、熱くない?」
「だ、だいじょうぶ(少し熱い……)」
腰巻をつけて入浴するリツェルは、となりで肩をならべてくつろぐロビンスと、ふれそうでふれない躰の距離が気になった。男所帯につき、騎士団の彼らは慣れているのだろうか。ロビンスはなにも隠そうとしない。湯の下であぐらをかいたり、足をのばしたりしている。骨格はリツェルとあまり変わらないロビンスだが、鍛えているぶん躰つきは丈夫そうに見えた。
「ふう、気持ちいい。あしたからきみの料理が食べられると思うと、ぼくは本当にうれしいよ。ここだけの話、アロンツォ団長やジョルディさんが当番の日は骨つき肉ばかりだし、クレメンテさんのときは、全体的に料理が薄味なんだ。……なんと云うか、みんな個性があるよね」
「おれも、たいした料理はつくれないですけど……(なんか期待されてる?)」
「そのうち上達するさ。ちなみに、ぼくは甘党で、団長とジョルディさんは辛党だよ。クレメンテさんの好みは、ちょっとわからないな。……あのひと、食事中はひとことも話さないから、うまいのかまずいのか謎なんだよね」
ロビンスの情報は料理をつくる参考になるため、リツェルは「なるほど」と耳をかたむけた。また、正式にはクレメンタインだが、騎士団のあいだではクレメンテと呼ぶようだ。リツェルもそれにならうことにした。人見知りをする性分ではないが、どうも他者と裸身のつきあいに縁があるようで、リツェルは肩まで浸かってため息を吐いた。
「よう、リツェル。いたのか」
「ぼくもいますよ」とロビンス。
あとからはいってきたジョルディは、洗場でかけ湯をして、「どれどれ」と湯船に浸かる。アロンツォより背の高いジョルディは騎士団のなかでいちばん力持ちで、年長者でもある。湯かげんをみて「ぬるいな」と文句をこぼしつつ、リツェルの顔を見据えた。
「な、なにか?」
「のぼせるなよ。全裸の男をかついで運ぶのはごめんだからな」
リツェルの顔は火照り、額には汗が浮かんでいた。つい、長風呂をしてしまい、湯船をまたいであがると、一瞬頭がクラッとした。少しよろけたが転倒はせず、あたふたと脱衣所へ退散した。
手ぬぐいで躰を拭くリツェルは、わずかなやりとりで感じたことがあった。ロビンスは親しみやすい若者で、ジョルディに男色の嗜好はないようだ。どちらもアロンツォみたいな懐疑的なふるまいは見られず、残るはクレメンテとの接しかたが気になるところである。身のこなしやことばづかいはやわらかな印象だが、どこかつかめない雰囲気をまとっている。本性を相手に気取らせないような、したたかな人間は要注意人物だ。ある意味、いちばん手ごわいだろう。
「仲間をうたがうのは、よくないな」
今後、彼らとの共同生活がつづくリツェルは、たとえ相手がどんな人柄であろうと、うまくやっていく必要があった。宿舎はコの字型の構造で、敷地内には訓練場や倉庫がある。捕らえた囚人をとじこめておく拷問部屋もあり、グレリオの邸宅よりずっと重厚な雰囲気が漂っていた。夜のひとり歩きは背後に気をつけたくなるような独特な空気が流れるいっぽう、紋章の間といった儀式などを執りおこなう部屋もあった。
「そういえば、幽霊がでる回廊があるとか云ってたっけ……」
入浴中に聞き流したが、ロビンスは宿舎に関する不気味な現象をいくつか述べた。幼いころから幽霊など信じないリツェルは、さほど気にとめず、「8」の数字が浮きだした扉の部屋へ向かった。アロンツォから手渡された金属の鍵にも「8」の数字が刻まれている。予備の合鍵はクレメンテが管理していたが、金庫の番号はリツェルにも教えられた。つまり、内側から施錠しても、騎士団の誰もが合鍵を使ってはいることが可能なのだ。
どの部屋にもあらかじめベッドや机や戸棚が置かれているため、家具に不足はない。ひろさも充分である。リツェルは鍵を差しこんで扉をあけると、寝るには早い時刻につき、あすの献立をベッドの上で考えた。
「ロビンスによると、騎士団の連中には甘党と辛党がいるンだよな。どっちの口にも合う料理って、なんだ?」
《つづく》
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