ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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しあわせ計画

第42話

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 赤い煉瓦造りの外壁に、青の丸いとんがり屋根は、おとぎ話に出てくるような華麗な印象をあたえる。静かな森のなかに建ち、朝霧に包まれると、まるで絵に描いたような美しさがあった。

 ふわふわとゆれる髪をレース編みのリボンで束ねてある女の子が、二階の窓から身を乗りだしていた。

「エイリ、落ちたら危ないぞ」

「だって、もうすぐだもん。森のほうからひとが歩いてくるよ」

「なに? 団長と、リツェル兄ちゃんか? 見せてみろ」

「いいよぉ」

 六歳の妹から双眼鏡を受けとるイリヤは、八歳の男の子である。エストラバ家の長男にして、のちの跡継ぎとなる少年だ。妹のエイリと同じ黄色の髪と眼をしている。

「おっ、本当にきた! アロンツォ団長と、うしろにいるやつが、おれたちの新しい兄ちゃん? ……なんか、女のひとに見えるけど……」

「きっと、お姫さまなんだよぉ」

「なんで姫? 父さんが云ってたのは、兄貴が増えるって話だったような……」

 義理の兄となるリツェルを女性と勘ちがいする小さな兄妹は、互いに「あれれ」と首をかしげた。


「いたいた、ふたりとも。一階したへおりなさい。そろそろアロンツォ兄さんたちが来るわよ」

「母さま、いまね、森のほうからひとが歩いてるよ」とエイリ。

「あら、そう。じゃあ、もうすぐね。イリヤ、コンラッドさまを呼んできてくれる? 裏庭にいると思うわ」


 三人目を身ごもるロザリアは、ゆったりとした長衣を羽織り、長い髪を三つ編みにしている。イリヤとエイリは、町にある助産所ではなくどちらも自宅(この邸宅)で出産しており、家族の日常のなかで新しい生命いのち(自分の妹)が誕生する瞬間を見たイリヤは、三人目のお産は、エイリも見るべきだとすすめた。

「エイリはわたしといらっしゃい。いっしょにお出迎えしましょう」

「はぁい!」

 双眼鏡を床へ置いて母親ロザリアと手をつなぐエイリは、あと数十日でお姉ちゃんとなる自覚をもち、まだ小さな手で洗濯や皿洗いを手伝っている。もとより、エストラバ家は子宝に恵まれる家系で、ロザリアもコンラッドと話し合い、計画的に子づくりを実行していた。


「なにやってるんだ? 早く鳴らせよ」

「わ、わかってるよ。急かさないで!」


 アロンツォとリツェルが玄関まえでもたついていると、呼び鈴を鳴らそうとした瞬間、内側から扉がひらいた。リツェルがふり向くより先に、ぎゅむっ、と正面から抱きつかれ、しかも、相手の肉づきのよい躰に顔や腕がめり込んだ。

「いらっしゃーい! リツェル、おおっ、リツェルよ! わが子よ、歓迎するぞ!」

「ぎゃーっ!? く、苦しい!!」

「おおっ、なんと細身な子だ! どうした、食欲がないのかい? さあ、わたしの背中に腕をまわしておくれ!」

「う、腕もなにも……、いろいろ近い! はーなーせーっ!!」

 コンラッド男爵の熱烈な歓迎を受けたリツェルは、手にしていた紙袋をドサッと落としてしまった。ふたたび、足もとで果物が転がってゆく。なんとか相手の抱擁から抜けだそうと躰をひねるが、余計に強く引き寄せられた。コンラッドは人あたりのよい声をしていたが、かなりの子煩悩で、積極的に育児や家事に参加しており、少しまるっとした体型をしている。

「よし、リツェル。抱っこしてあげよう!」

「は? ぎゃーっ!!」

 青年の二度目となる絶叫を聞いたアロンツォが「そのへんにしておけよ」と、コンラッドへ注意をうながすが、本人はリツェルを抱きあげたまま歩きだした。

「さ、さっきから、なんなんだよ。おろせ! おれにさわるな!」

「遠慮するな。子どもは高いところが好きだろう」

「おれは子どもじゃない、十八歳だ! 成人してるっての!」

「年齢は関係ないよ。わたしにとっては、かわいい子どもさ。リツェルに逢える日を、ずっと愉しみにしていたんだ。きみの義弟おとうととなるイリヤと、その妹のエイリを紹介しよう。もちろん、妻のロザリアもね。わが家では、お互いを名前で呼びあうことにしている。リツェルも気をつかう必要はない。わたしを義父ちちと呼べずとも、ぜひ、気楽に話しかけてくれ」

 初対面にして距離が近いコンラッドにふりまわされるリツェルだが、父親としての力量を感じた。


《つづく》
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