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しあわせ計画
第45話
しおりを挟む居間にもどると、コンラッドに手招きをされて庭を散策することになったリツェルは、彼の父親としての考えにふれた。
「わたしはね、農耕作の技術向上のため、地方で肥料の研究をしているんだよ。調べものが徹夜になるときもあって、数日間ほど留守にしてしまうから、ロザリアや子どもたちが安心して暮らせるよう、この地に別邸を建てたのだ。子どもたちには、自然のなかを走りまわってのびやかに成長してもらいたくてね。曽祖父が健在な実家では、妻としても窮屈な教育を強いられてしまうだろう」
赤い煉瓦造りのエストラバ家は、近隣の町と適度な距離に建ち、交通の面でも不便はなく、緑濃い山々も近い。プファルツ川の恩恵もあり、自給自足も可能な立地条件である。一代貴族として男爵の身分を誇りとするいっぽう、コンラッドは息子たちの将来を束縛せず、自由意思を尊重した。
「イリヤにはなりたいものを見つけ、それに向かって努力する時間を大事にしてほしいと思っている。エイリは、なるべく望んだかたちでお嫁にいかせてあげたいね。あと十年も経たないうちに、遠縁から見合いの声がかかると思うと、胸が張り裂けそうだ……」
わが子をこよなく愛するコンラッドは、成長したエイリの姿を想像すると、両腕で抱きしめるふりをした。仮にも、エイリは男爵令嬢につき、本人のあずかり知らぬところで縁組はきめられてゆく。跡継ぎにおいて重要な血筋の結びつきは、特権階級ほど優先されやすかった。イリヤの理想は子爵令嬢(女性の身分を利用して少しでも爵位を上げる)と見合いをして父親の職業を継ぐことが最善の未来とされたが、コンラッドは本人の意見に耳をかたむける寛容さを示している。
「たとえばね、イリヤが羊飼いになりたいという将来を考えたとき、わたしは全力で応援したいのだ。……笑えるかい?」
「そんなことない。笑いません。コ、コンラッドの意見は貴族らしくないけれど、おれは、すごくイリヤがうらやましいです」
「そう云ってくれるのか。うれしいよ。リツェルの将来も、いくらでも相談しておくれ。必要経費なら惜しまない。いつか、出世払いで返してくれたらいいさ」
「あ、ありがとうございます」
「敬語もよしておくれよ。肩の力を抜いて、楽に過ごしていいんだよ」
「はい。あ……、えっと、わ、わかった」
「きみは、素直でいい子だね。ところで、リツェルには結婚願望があるのかな? リュディカ州に適齢期の女性は少ないが、歳上でもよければ紹介できるよ」
いきなりである。虚を突かれて目を丸くするリツェルは、歳上ということばにだけドキッと心臓が反応した。……グレリオの実年齢は不明だが、恋愛対象として意識している気持ちはごまかせない。
「おれは……、結婚とか全然考えてなくて……、今はまだ、騎士団での仕事に就いたばかりだし、貯金なんてないし、将来のことは、もっと先でいいかなって……」
リツェルは極端に声がふるえてしまうほど動揺したが、コンラッドは「そうだよね。この話題は気が早すぎたな。すまないね」といって笑い飛ばした。エストラバ家の養子とはいえ、成人男性のリツェルに縁談が持ちこまれる可能性は高い。ベルナルド領での生活は始まったばかりだが、リツェルの悩みは増えてゆくいっぽうだった。
「もどろうか」
といって歩きだすコンラッドに、リツェルはアロンツォの傷痕についてたずねた。
「アロンツォ兄上かい? たしかに、左顎から鎖骨にかけて、かなり大きな怪我を負っているよね。わたしも詳しくは知らないな。ロザリアならば、なにか知っていると思うが、直接本人に訊いてみたらどうかな」
「聞いたよ。でも、こたえてくれなかったんだ」
「おや、そうなのかい? なぜだろうね。戦場で負った傷ならば、騎士の不名誉だと思っているのかな」
「隠したい理由があるのかも……」
「だとすれば、いつか向こうから話してくれるまで待つしかないね。誰にでも、受けいれるまでの時間は必要だろう」
コンラッドのせりふに承知してうなずくリツェルは、タドゥザ伯爵のなぐさみものとして扱われた経緯をうちあけるべきか悩んだ。リツェルの悲惨な過去は、グレリオとジョセフ、アロンツォの三人だけが胸にとどめている。いつまで秘密にしておく必要があるのか、あたらしい家族を前にして胸が痛むのを感じた。事実を受けいれるまで時間がかかるというコンラッドのせりふは、いつまでも身にしみた。
《つづく》
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