ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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王領にて

第53話

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 グレリオとの接吻は、食後にのんだ紅茶の味がした。ジョセフがいれた高級な茶葉の香りが互いの気息に交じり、チリソースの酸味は感じなかった。どちらかといえば渋い味がした。

辺境伯マルグレイブにしては、大胆な真似ことをなさいましたね」

「……見ていたのかい」

「はい。失礼ながら、二階の窓からは中庭のようすがよく見えますので」

 午后になり、廊下の窓拭きをするため二階へあがったジョセフは、リツェルとグレリオが接吻におよぶ過程を傍観した。軽い口づけのつもりが、リツェルを草むらの上に押し倒して深い接吻に発展するようすは、まるでグレリオのほうが積極的だった。少なくとも、ジョセフの目にはそう見えた。

「あれでは誤解されませんかね」

「どうだろうね。私は、リツェルくんを困らせたかったわけではないよ」

 珍しく辺境伯が冴えない顔をする。付人つきびとのジョセフは、いまごろ悶々とするリツェルを想像し、小さく息を吐いた。馬車に乗って騎士団の宿舎へもどったリツェルはというと、自分の足がどう動くのか忘れ果てる始末で、部屋におちついてからも上の空となり、日が暮れるまで呆然としていた。

 口づけの感触にいつまでも困惑するリツェルは、躰の中心が熱くなり、じたばたと手足を振りまわした。

「な……んで……、なんでだよ……?」

 唇が重なるまえにけると思われた端正な顔が急接近したとき、青年の挑むような調子が狂いだす。突然リツェルが抱きついても、成すがままに受けとめたグレリオの腕は、どこにも余分な力がはいっておらず、官能的な接吻におよぶ。草むらの上にリツェルを横たえる動きも、女性の扱いに慣れているからこそ、すんなり判断できたのだろう。それは正しい選択であり、リツェルの期待を裏切らなかった。

「グレリオは……おれのこと……(どう思っているんだ?)」

 急展開ではあるが、ますますグレリオに惹かれてしまうリツェルは、「ぐあぁぁぁ……っ!」と、うめき声をあげた。前髪を掻きむしると、チャリッと、床にサファイアの髪飾りが落ちた。

「グレリオ……、グレリオ……」

 好きな男に求められるよろこびを初めて知ったリツェルは、もどかしい動作で髪飾りを拾うと、ぎゅっと、胸もとでにぎりしめた。

「ありがとう……グレリオ……。おれのために……、無理させたンだよな……」

 勘ちがいして恥をかくまえに、苦心して平静を取りもどすリツェルは、深呼吸をくり返した。

 性的な事柄において情緒不安定となりやすいリツェルに口づける行為は、ある種のこころみでもある。拒絶反応を示さなかったのは、グレリオがリツェルのなかで特別な存在であるからだ。同じように他者がふれたとき、錯乱状態へ陥る可能性は捨てきれない。それはリツェル自身が克服すべき事柄であり、特定の身体作用は正常に機能することが判明した。タドゥザ伯爵による働きかけに応えなかった最大の要因は、たんに相性の問題だけでなく、地下牢に監禁という状況がリツェルをしらけさせた。

 強引な手口で飼いならされた性奴隷が廃人と化しても、世の中はびくともしない。貴族社会に蔓延している恐怖制裁や暴力行為を、現実問題として取りあげるものは少ない。

 リツェルは部屋の窓をあけ、躰に風を受けた。グレリオとの関係は始まったばかりである。クレメンテの「あせらずに考えましょう」ということばを思いだし、眸を伏せてうなずいた。

「グレリオは、誰にでもやさしい性格なんだろうな。だから、おれが特別なわけじゃない……。あいつの特別になりたければ、おれが変わらなきゃだめなんだ……」

 勇気と無謀は紙一重だが、慎重になりすぎては好機を失うだろう。


《つづく》
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