56 / 58
王領にて
第56話
しおりを挟む王都へ出発する朝、二頭立て馬車に乗ってあらわれたグレリオは、皺ひとつない黒衣に身をつつみ、予想どおりうるわしい姿でリツェルを緊張させた。
「やあ、待たせたかな」
「ぜ、全然待ってない」
声がうわずったような気もするが、かたわらで苦笑するアロンツォをにらみつけると、グレリオと向かい合って坐った。
「じゃあな、リツェル。貴重な休暇とはいえ、見境をなくして暴走するなよ」
アロンツォは、辺境伯との外泊を茶化して云う。リツェルは騎士団長のたわごとを無視して「グレリオ、早くいこうぜ」と道中を急かした。くすッと、かすかに笑みを浮かべるグレリオに、思わず数秒ほど見とれて視線を泳がせるリツェルは、クレメンテに髪を梳いてもらい、軽く化粧をしていた。鏡に映る自分が女顔であることは認めるが、さすがに口紅は遠慮した。
「……きょうのおれ、変じゃない?」
せまい空間での沈黙は息が詰まるため、リツェルがグレリオに訊ねた。「どこもおかしくはないよ」と穏やかな声で返事をするグレリオは、晩餐会でリツェルが恥をかかないように礼儀作法を説き、社交界でのふるまいを指導した。
「もしかして、音楽の演奏とか始まると、おれも誰かを誘って踊るのか?」
「安心したまえ。舞踏会が催かれるのは二日目の夜だよ。私たちは、一日目のミシェル王子の祝賀会に参加するだけだ」
「そうなのか? 伝書鳩の通信文には、二日間ヴェルスタナに滞在するって書いてあったような……」
グレリオは神妙な顔をして、首をかしげるリツェルを見すえた。
「そうだとも。二日目は、きみに自由時間をあげよう。行きたいところがあれば、どこへでもつきあうよ」
「え? おれの好きにしていいのか?」
「かまわないよ」
思いがけず、贅沢な褒美を頂戴したリツェルは、まぬけな顔をして考えこんだ。王都の観光はあきらめていたので、ジョルディから教わった名所の地名が思いだせない。もっと早く予定を報せてほしかったと悔やみながら、なんとか思考をめぐらせた。
しばらく馬車にゆられるうち、グレリオは中継地の食堂へ立ち寄り、リツェルと軽めの昼食をすませた。誰の目にもうるわしく見えるグレリオに、視線の網が集中する。となりの円卓に坐る若い女性客は、グレリオの横顔を見つめ、「ほう」と、ため息を吐く。
「リツェルくん、余処見をしていると、こぼれてしまうよ」
「あ……、ああ。うん……」
注文したライ麦パンには野菜がたっぷりはさんであり、リツェルは大きな口をあけてほおばった。食べるしぐさというのは、人となりをあらわす要素を持っていたが、リツェルは周囲の目など気にせず完食した。グレリオのきれいな食べかたを真似するほど、青年は器用ではない。晩餐会は立食形式につき、リツェルも気楽に構えていた。
ふたたび馬車に乗って王都を目ざし、目的地へたどりつくころ、西陽は地平へ沈みかけていた。馬車の小窓から外のようすをながめるグレリオは、背もたれに頭をあずけて熟睡するリツェルをふり向き、そっと、膝をゆり動かした。
「リツェルくん、起きたまえ。会場はすぐそこだよ」
いつの間にか居眠りしていたリツェルは、グレリオの声で飛び起きた。
「つ、ついたのか?」
「ああ。ハーレフ城の屋根が見えるだろう。今夜の晩餐会は、人工的に造られた見事な庭園でおこなわれる。ふだん、ハーレフ城の門は閉ざされているが、特別な式典を執りおこなうとき、王族に招待されたものだけが豪華な内装を見学できるのだよ」
「じゃあ、グレリオは王族から招待状をもらったのか? すごいな!」
あらためて辺境伯の偉大さを実感したリツェルは、ゾクッと、にわかな興奮をおぼえた。ベルナルド領の地方長官と王都へおりたった今、リツェルは男爵令息として注目される立場にいる。グレリオの同伴者というだけで、近づいてくる人間もいるだろう。
「ここがヴェルスタナか。瓦斯燈がたくさんあってまぶしいな」
街じゅうに壮麗な建築物が見てとれる王都は、とくに美しくて大きな都市として知られ、富と繁栄を象徴する王宮は、一流の職人を総動員して完成させた最高の傑作建築物である。王弟レイモンドが住まうハーレフ城には彫刻物や絵画があふれ、造園家の設計によるひろい庭園があり、式典の場として開放された。
「グレリオ、おれ、わくわくしてきた」
初めてづくしで気分が昂揚するリツェルは、うれしそうに笑った。
《つづく》
0
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
毎日投稿だけど時間は不定期
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる