ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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王領にて

第56話

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 王都へ出発する朝、二頭立て馬車に乗ってあらわれたグレリオは、皺ひとつない黒衣に身をつつみ、予想どおりうるわしい姿でリツェルを緊張させた。

「やあ、待たせたかな」

「ぜ、全然待ってない」

 声がうわずったような気もするが、かたわらで苦笑するアロンツォをにらみつけると、グレリオと向かい合って坐った。

「じゃあな、リツェル。貴重な休暇とはいえ、見境をなくして暴走するなよ」

 アロンツォは、辺境伯との外泊を茶化して云う。リツェルは騎士団長のたわごとを無視して「グレリオ、早くいこうぜ」と道中を急かした。くすッと、かすかに笑みを浮かべるグレリオに、思わず数秒ほど見とれて視線を泳がせるリツェルは、クレメンテに髪を梳いてもらい、軽く化粧をしていた。鏡に映る自分が女顔であることは認めるが、さすがに口紅は遠慮した。

「……きょうのおれ、変じゃない?」

 せまい空間での沈黙は息が詰まるため、リツェルがグレリオにたずねた。「どこもおかしくはないよ」と穏やかな声で返事をするグレリオは、晩餐会でリツェルが恥をかかないように礼儀作法を説き、社交界でのふるまいを指導した。

「もしかして、音楽の演奏とか始まると、おれも誰かを誘って踊るのか?」

「安心したまえ。舞踏会が催かれるのは二日目の夜だよ。私たちは、一日目のミシェル王子の祝賀会に参加するだけだ」

「そうなのか? 伝書鳩の通信文には、二日間ヴェルスタナに滞在するって書いてあったような……」

 グレリオは神妙な顔をして、首をかしげるリツェルを見すえた。

「そうだとも。二日目は、きみに自由時間をあげよう。行きたいところがあれば、どこへでもつきあうよ」

「え? おれの好きにしていいのか?」

「かまわないよ」

 思いがけず、贅沢な褒美を頂戴したリツェルは、まぬけな顔をして考えこんだ。王都の観光はあきらめていたので、ジョルディから教わった名所の地名が思いだせない。もっと早く予定を報せてほしかったと悔やみながら、なんとか思考をめぐらせた。

 しばらく馬車にゆられるうち、グレリオは中継地の食堂へ立ち寄り、リツェルと軽めの昼食をすませた。誰の目にもうるわしく見えるグレリオに、視線の網が集中する。となりの円卓テーブルに坐る若い女性客は、グレリオの横顔を見つめ、「ほう」と、ため息を吐く。

「リツェルくん、余処見よそみをしていると、こぼれてしまうよ」

「あ……、ああ。うん……」

 注文したライ麦パンには野菜がたっぷりはさんであり、リツェルは大きな口をあけてほおばった。食べるしぐさというのは、人となりをあらわす要素を持っていたが、リツェルは周囲の目など気にせず完食した。グレリオのきれいな食べかたを真似するほど、青年は器用ではない。晩餐会は立食形式につき、リツェルも気楽に構えていた。

 ふたたび馬車に乗って王都を目ざし、目的地へたどりつくころ、西陽は地平へ沈みかけていた。馬車の小窓から外のようすをながめるグレリオは、背もたれに頭をあずけて熟睡するリツェルをふり向き、そっと、膝をゆり動かした。

「リツェルくん、起きたまえ。会場はすぐそこだよ」

 いつの間にか居眠りしていたリツェルは、グレリオの声で飛び起きた。

「つ、ついたのか?」

「ああ。ハーレフ城の屋根が見えるだろう。今夜の晩餐会は、人工的に造られた見事な庭園でおこなわれる。ふだん、ハーレフ城の門は閉ざされているが、特別な式典を執りおこなうとき、王族に招待されたものだけが豪華な内装を見学できるのだよ」

「じゃあ、グレリオは王族から招待状をもらったのか? すごいな!」

 あらためて辺境伯の偉大さを実感したリツェルは、ゾクッと、にわかな興奮をおぼえた。ベルナルド領の地方長官と王都へおりたった今、リツェルは男爵令息として注目される立場にいる。グレリオの同伴者というだけで、近づいてくる人間もいるだろう。

「ここがヴェルスタナか。瓦斯燈ガスとうがたくさんあってまぶしいな」

 街じゅうに壮麗な建築物が見てとれる王都は、とくに美しくて大きな都市として知られ、富と繁栄を象徴する王宮は、一流の職人を総動員して完成させた最高の傑作建築物である。王弟レイモンドが住まうハーレフ城には彫刻物や絵画があふれ、造園家の設計によるひろい庭園があり、式典の場として開放された。

「グレリオ、おれ、わくわくしてきた」

 初めてづくしで気分が昂揚するリツェルは、うれしそうに笑った。


《つづく》
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