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王領にて
第57話
しおりを挟むリツェルとグレリオがハーレフ城についたころ、騎士団の宿舎ではアロンツォの部屋でジョルディとクレメンテが話しこんでいた。ロビンスは風呂焚き当番で別室。
「リツェルくん、はしゃぎすぎていないか心配です」
「おいおい、クレメンテ。やけに過保護だな。リツェルはいちおう成人男性だぜ。黙ってりゃ美形の部類だし、それなりに云い寄ってくる輩もいるだろうさ。なあ、団長?」
ジョルディの含みのある意見に肩をすぼめるアロンツォは、腕組みをして、小さくため息を吐いた。
「まあな。自意識過剰なのはべつとして、あいつが過去を引きずっているかぎり、動揺と不安とが、いつまでも心を占めるだろうからな。……ある種の呪いみたいなもんだ(解けるとしたらルカぐらいだろうが、もう少し時間はかかるだろうな)」
「リツェルくんの過去とは、実父に離縁された件でしょうか。それともタドゥザ伯爵に……」
クレメンテが控えめな声でいうと、ジョルディの眉がピクッと反応した。
「タドゥザってのは、あくどい商売で成り上がったハミルト家の末裔らしいな。そんなやつに引き取られたリツェルが、まともな生活を送れたとは考えにくい。あの見た目が災いして、夜伽に召されたかもしれないぜ」
ジョルディの勘は鋭い。朝まで主人に添い寝する夜伽は、性奴隷とちがい、自ら積極的にからだを使う。性的奉仕をすることを前提に肉体を磨きあげ、己の価値を高めてゆく。気前のよい主人を相手にして満足させた場合、大金が手にはいることもあった。
「まさか、リツェルくんがそのような目に遭うはずは……」
クレメンテが顔をしかめて云い澱むと、アロンツォは眉をひそめ、「なきにしもあらずだな」と、真相をはぐらかした。リツェルがタドゥザ伯爵に凌辱された過去を吹聴するほど、アロンツォの口は軽くない。だが、騎士団の彼らは気づかないふりをしているだけで、リツェルの身に起きた事実を、それとなく悟っていた。
空気を読まずに扉から顔をだすロビンスは、「みなさん、お湯が沸きましたよ~」と明るい声を発した。扉の近くにたたずんでいたジョルディが、「はいよ」と応じる。料理人が不在となった宿舎では、四人の男たちが裸身で湯を浴びた。
ヴェルスタナに到着するまで寝過ごしたリツェルは、グレリオと共にハーレフ城の受付で記帳すると、まずは晩餐会の期間中だけ開放される博物館へ案内された。敷地内の庭では、これから始まる夜会の最終準備をする使用人たちが、忙しなく動きまわっている。あちこちで談笑する人影も見てとれた。
「すごいな。これが王家の力なのか……」
貴重な宝石や豪華な調度品のほか、伝統的な風景を描いた絵画がずらりと展示される博物館は、ハーレフ城の四階にあった。グレリオは黙々とながめていたが、リツェルはいちいち驚嘆して、ため息が洩れた。ひとりの信者に幾人もの女神が寄り添う天井画を見あげるグレリオは、ほんの一瞬、眉をひそめた。渋い香調に気を取られがちのリツェルは、グレリオの唇を見つめ、ひとりで困惑した。胸の高鳴りは正直で、深呼吸をしておちつかせると、グレリオに声をかけた。
「グレリオ、あしたの予定なんだけどさ」
「ああ、なんだい」
すんなり返答に応じるグレリオは、おもむろにリツェルの腰へ腕をまわし、軽く引き寄せた。
「な、なに?」と、あわてるリツェル「失敬した」と、誰かに詫びるグレリオ。見れば、リツェルは通路をふさぐように立っていた。あとから博物館にやってきた淑女は、胸もとを大胆に見せる逆三角形の衿をした衣装で、「あら、すてきな紳士ですこと」と、笑みを浮かべた。紅をさした唇がつややかに赤い。彼女が会釈をするさい、胸の谷間に目をとめたリツェルは、平べったい自分の胸板が恨めしく感じた。唯一ふくらみのある部位は、タドゥザ伯爵の手によって散々しごかれている。最初のうちは恐怖のあまり無反応を示したが、身体作用は確実に煽られた。
「グレリオは、ああいう女が好み?」
「可憐な淑女を傷つけるほど、野暮ではないよ」
グレリオは上目遣いになるリツェルから離れると、ゆっくり歩きだした。
《つづく》
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