57 / 57
王領にて
第57話
しおりを挟むリツェルとグレリオがハーレフ城についたころ、騎士団の宿舎ではアロンツォの部屋でジョルディとクレメンテが話しこんでいた。ロビンスは風呂焚き当番で別室。
「リツェルくん、はしゃぎすぎていないか心配です」
「おいおい、クレメンテ。やけに過保護だな。リツェルはいちおう成人男性だぜ。黙ってりゃ美形の部類だし、それなりに云い寄ってくる輩もいるだろうさ。なあ、団長?」
ジョルディの含みのある意見に肩をすぼめるアロンツォは、腕組みをして、小さくため息を吐いた。
「まあな。自意識過剰なのはべつとして、あいつが過去を引きずっているかぎり、動揺と不安とが、いつまでも心を占めるだろうからな。……ある種の呪いみたいなもんだ(解けるとしたらルカぐらいだろうが、もう少し時間はかかるだろうな)」
「リツェルくんの過去とは、実父に離縁された件でしょうか。それともタドゥザ伯爵に……」
クレメンテが控えめな声でいうと、ジョルディの眉がピクッと反応した。
「タドゥザってのは、あくどい商売で成り上がったハミルト家の末裔らしいな。そんなやつに引き取られたリツェルが、まともな生活を送れたとは考えにくい。あの見た目が災いして、夜伽に召されたかもしれないぜ」
ジョルディの勘は鋭い。朝まで主人に添い寝する夜伽は、性奴隷とちがい、自ら積極的にからだを使う。性的奉仕をすることを前提に肉体を磨きあげ、己の価値を高めてゆく。気前のよい主人を相手にして満足させた場合、大金が手にはいることもあった。
「まさか、リツェルくんがそのような目に遭うはずは……」
クレメンテが顔をしかめて云い澱むと、アロンツォは眉をひそめ、「なきにしもあらずだな」と、真相をはぐらかした。リツェルがタドゥザ伯爵に凌辱された過去を吹聴するほど、アロンツォの口は軽くない。だが、騎士団の彼らは気づかないふりをしているだけで、リツェルの身に起きた事実を、それとなく悟っていた。
空気を読まずに扉から顔をだすロビンスは、「みなさん、お湯が沸きましたよ~」と明るい声を発した。扉の近くにたたずんでいたジョルディが、「はいよ」と応じる。料理人が不在となった宿舎では、四人の男たちが裸身で湯を浴びた。
ヴェルスタナに到着するまで寝過ごしたリツェルは、グレリオと共にハーレフ城の受付で記帳すると、まずは晩餐会の期間中だけ開放される博物館へ案内された。敷地内の庭では、これから始まる夜会の最終準備をする使用人たちが、忙しなく動きまわっている。あちこちで談笑する人影も見てとれた。
「すごいな。これが王家の力なのか……」
貴重な宝石や豪華な調度品のほか、伝統的な風景を描いた絵画がずらりと展示される博物館は、ハーレフ城の四階にあった。グレリオは黙々とながめていたが、リツェルはいちいち驚嘆して、ため息が洩れた。ひとりの信者に幾人もの女神が寄り添う天井画を見あげるグレリオは、ほんの一瞬、眉をひそめた。渋い香調に気を取られがちのリツェルは、グレリオの唇を見つめ、ひとりで困惑した。胸の高鳴りは正直で、深呼吸をしておちつかせると、グレリオに声をかけた。
「グレリオ、あしたの予定なんだけどさ」
「ああ、なんだい」
すんなり返答に応じるグレリオは、おもむろにリツェルの腰へ腕をまわし、軽く引き寄せた。
「な、なに?」と、あわてるリツェル「失敬した」と、誰かに詫びるグレリオ。見れば、リツェルは通路をふさぐように立っていた。あとから博物館にやってきた淑女は、胸もとを大胆に見せる逆三角形の衿をした衣装で、「あら、すてきな紳士ですこと」と、笑みを浮かべた。紅をさした唇がつややかに赤い。彼女が会釈をするさい、胸の谷間に目をとめたリツェルは、平べったい自分の胸板が恨めしく感じた。唯一ふくらみのある部位は、タドゥザ伯爵の手によって散々しごかれている。最初のうちは恐怖のあまり無反応を示したが、身体作用は確実に煽られた。
「グレリオは、ああいう女が好み?」
「可憐な淑女を傷つけるほど、野暮ではないよ」
グレリオは上目遣いになるリツェルから離れると、ゆっくり歩きだした。
《つづく》
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
名もなき花は愛されて
朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。
太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。
姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。
火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。
断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。
そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく……
全三話完結済+番外編
18禁シーンは予告なしで入ります。
ムーンライトノベルズでも同時投稿
1/30 番外編追加
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる