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王領にて
第58話
しおりを挟む晩餐会の会場は風景的庭園の造りで、植物や花のなかに溶けこむように、自然な景観美として池が配置されていた。長机をレース編みのクロスで覆い、銀食器に盛りつけられた数々の料理がならんでいる。
礼装した貴族が集まって愛想をふりまくようすは、リツェルの目には滑稽に見えた。潤沢な資産の多くは先代が蓄えたもので、現在の当主が努力して得た功績は少ない。裕福な家庭に生まれた彼らは、ほとんど苦労を知らない。きょうはなにをして遊ぼうか、あしたはどんな服を着ようかと、その程度の事柄に頭を悩ませるくらいだろう。
リツェルは皮肉めいた笑みを浮かべ、かたわらのグレリオへ視線を向けた。あすの予定を確認しようと思い、「あのさ」と声をかけると、潤み朱色の絹地のドレスを身につけた貴夫人がやってきて、リツェルとグレリオの顔を交互に見つめた。
「これはエミリアン夫人、お久しぶりです」
「ごきげんうるわしゅう、ベルナルド辺境伯。……そちらの子は初めて見る顔だわ。どういったご関係なの?」
「彼は、エストラバ家の縁者です」
「エストラバ? デュッセルドルフ男爵の令嬢とご結婚されたコンラッドさまのことかしら。……失礼を承知で申しあげますが、こんな大きな子がいるなんて、なんだかおかしいわ」
グレリオに「エミリアン」と呼ばれた四十代半ばくらいの女は、白々しい云い草である。リツェルが養子であることをうちあけると、「やっぱり、そうよね」とうなずいた。それから、男の値打ちをさぐるようなまなざしをリツェルに向けるエミリアンは、「きれいな子ね」と率直な感想を述べた。リツェルは軽く頭をさげておく。エミリアンはあからさまに目を細めた。気づまりの要因をつくっているくせに、顔見知りの立場を利用して、なかなかグレリオのそばから離れない。主役であるミシェル王子が登場するまで、庭園は交流の場となっていた。見たことのない料理が気になるリツェルは、自分のおなかに手をあてると、食事にありつく方法を考えた。
「リツェルくん」
「な、なに?」
「きみは、先に向こうへいっておいで。私もあとから夕食を摂るつもりだ」
グレリオは銀食器がならぶ長机を指でしめし、リツェルをエミリアンから遠ざけた。人づきあいが不得手なリツェルは「わかった」と返事をして、すぐにその場を離れた。高級食材をふんだんにつかった料理を見たリツェルは、「ふわぁぁぁ!」と、つい大きな声がでた。いくつかのワイングラスを盆に載せた使用人が通りかかり、「こちらは新作の果実酒です。お味見はいかがですか?」と声をかけてきた。
「じゃあ、一杯もらおうかな」
リツェルがそういうと、「かしこまりました」と会釈して、ワイングラスを差しだした。受けとって口へ運ぼうとすると、横からのびてきた腕に制された。
「なにをするんだよ」
手首をつかまれて危うくワインがこぼれそうになったリツェルは、脇にたたずむ人物を斜に見あげた。白髪交じりの短い髪をうしろへなびかせた男である。礼装の黒衣姿だが、なぜかうさんくさい印象で、警戒すべき人物だと野性がはたらく。
「見たところ、だいぶお若い。きみに、ワインをたしなむ趣味がおありかな?」
「……ない……ですけど」
「では、おおやけの席で酒を口にするのは、やめておいたほうがいい。中毒症状を引き起こす可能性もあるからね」
男はそういって、リツェルの手からワイングラスを取りあげた。ゆったりとした動作でひと口のむと、長机の端に置く。あらためてリツェルを正面から見すえ、かすかに笑みを浮かべた。
「なるほど。きみが、リツェル・エストラバか」
「どうして、おれの名前を……?」
「失礼。わたしはアレクシス家のものだ。名をアルバートという。わが娘アミシアは、リュディカ州の地方長官と夫婦であった」
「ア、アレクシス公爵?(まさか、アミシアも晩餐会にきているのか!?)」
とっさに辺りを見まわすリツェルは、グレリオとエミリアン夫人が立ち話におよぶ姿を目にとめ、内心ホッとした。アミシアは、まだずっと若いはずだ。うす暗い庭園の人影に、グレリオのかつての正妻をさがしてしまうリツェルは、アルバートの指が項にすべりこんでくると、「なにをするんだ!」と極端な反応をした。
「感じたのかい?」と訊くアルバート。やはり、要注意人物である。
《つづく》
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