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第73回[本音]
しおりを挟む飲酒店で作戦会議と軽食をすませた飛英たちは、新聞社へ戻る彦野を見送った。煙草の包みを手にして「一服させろ」という鷹羽は、しばらく路地へ姿を消している。後に残された飛英は、なんとなく緊張した。大通りを行き交う人波を避け、建物の外壁に身を寄せると、傍らの礼慈郎が目線を合わせずに口をひらいた。
「これは、遠まわしに訊くことではないが……、」
礼慈郎の前置きは、受け身の心情に寄り添っていたが、飛英は「何がです?」と、真顔で問い返した。数秒ほど不自然に沈黙した軍人は、めずらしく、フッと、笑い声をたてた。
「察してくれ。おれの子が、できているかも知れないだろう?」
飛英が特異体質を受け継ぐ場合、礼慈郎と性交渉を遂げた以上、受精している可能性があった。織原の血筋は父親の代より薄れていたが、そうと知らない飛英は、「あっ」と短く声をあげ、赤面した。ふたりの男によって、生殖行為は完了している。母体となる飛英は、事後の体調管理を徹底し、生まれてくる赤子のため、環境をととのえる必要があると思われた。
「具合は、どうだ?」
「い、今のところ、なんともありません……。」
「すぐに妊娠とわかるものではないが、しばらく安静にして、ようすを見たほうがいいだろう。もし、おれの子を宿していたならば、責任は取る。」
礼慈郎は飛英の顔をその目で見据え、不安定な生活を詫びた。
「芸者を身請しておきながら、利玄の屋敷で囲ってやれず、申しわけないと思っている。」
妻帯者である礼慈郎は、左手の指輪をはずし、ズボンのポケットへ入れた。飛英の素性だけでなく、特異な体質であることが判明した今、諸害悪を取り除く役割は、礼慈郎に課せられている。飛英を大事に思う感情を認めた礼慈郎は、本音を隠さず気持ちを打ち明けた。
「織原、おれを信じて待てるか。」
「も、もちろんです。礼慈郎さんは、わたしの面倒を引き受けてくださった恩人です。……それに、妊娠がほんとうに現実でしたら、愛人冥利に尽きます。わたしは、何が起きても礼慈郎さんを恨んだりしません。」
自分が出産するとは夢にも思わない飛英だが、理解者が集うにつれ、大切なものが脅かされているような、漠然とした恐怖を感じた。
✓つづく
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