向こう岸の楽園

み馬

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第72回[宿敵]

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 彦野のうとおり、飛英の身柄みがらは狙われていた。白髪の男は、消滅した集落の生き残りで、織原の血を引く飛英の存在を知るなり、今にも途絶えそうな一族の再誕や、廃村に根づいた儀式を遂行すべきだという使命感に捉われた。男でありながら新たな生命いのちを宿すことができる織原の血筋は、織江の歪んだ主張により、永遠の象徴とされ、先祖を供養する義務があった。つまり、飛英は生まれた瞬間にせられた役割を放棄していると見なされ、強硬きょうこう手段(さらって監禁)へと踏み切った。

「もしかして、すでに接触したか?」

 沈黙していた鷹羽が会話に参加すると、ハッと顔をあげて過剰反応した飛英は、打ち明けていない事実を話す流れを感じ取り、小声で告げた。

「……おそらく、白髪の男の人です。相手の名前はわかりませんが、わたしのことを、淫呪いんじゅと呼んでいました。」

「淫呪?」と、彦野がつぶやく。「エロいな」と鷹羽が軽口をいって、場の空気を和ませた。円卓に珈琲が運ばれてくると、礼慈郎はひと口のみ、飛英に「いつ」とたずねた。3人もの協力者のまえで、嘘をつくわけにはいかない。飛英は、礼慈郎の元を離れてから池の畔で再会するまで、何が起きたのか、すべて白状した。彦野は驚きの表情を隠せず、「なんてことだ」と、動揺したが、鷹羽は「まるで活動写真(映画のこと)みたいな展開だな」と、気楽なようすで肩をすぼめた。唯一、眉間にしわをよせた礼慈郎は、穏やかな心境でいられるはずもなく、責めるような目つきで飛英の顔を見据えた。

「織原、」

「は、はい。」

「そういうことは早く云え。」

「すみません。」

 礼慈郎が語気を強めると、飛英は素直に謝罪した。肩身をせまくして手許てもとへ視線を落としていると、鷹羽が話をまとめた。

「特異体質かもしれないはなぶさの身と、供物くもつ扱い認定の礼慈郎に、危険が迫っているのは事実だろうな。白髪男そいつの動向を警戒するよりも、廃村に誘いだして拘束こうそくする手もある。むしろ、そのほうが妙案かもな。後手にまわるより、こっちから迎え討ってやるか。」

 決着をつけるべき相手の顔(スーツの紳士も含む)をようやく見定めた礼慈郎は、鷹羽の意見に耳をかすことにした。


✓つづく
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