勇者の姉、召喚

奏多

文字の大きさ
4 / 32
1章 勇者の姉、召還

呼ばれた理由は

しおりを挟む
 立ち話もなんなのでと、伊織は別室へ案内されることになった。
  弟の危機ならばこの場ですぐ説明を求めるところだが、自分のことであれば落ち着いてから聞くにやぶさかではない。

  フレイの後に従って歩こうとして、ふと自分が素足だったことに気づいた。
  そもそも伊織は、部屋の中にいたのだ。
  いいや、後で洗えばいいんだし。と思って二・三歩進んだところで、アルヴィンに呼び止められた。

 「待て、イオリ」

  なんの用かと振り返り、アルヴィンの顔を見上げようとした。が、アルヴィンの顔の位置の方が急速に低くなる。

 「失礼する」

  短い声かけと共に、背中と膝裏を支えられて抱き上げられてしまった。

 「…………っ!」

  伊織は驚いて叫び出しそうになる。
  だって男の人にこんな風にされたことがない。これって、お姫様だっこ?
  思わず硬直してしまった伊織を、当のアルヴィンはちらりと見もしない。これはありがたかった。こんな近距離で目を合わせたら、一分前に怒鳴りあった相手だけに、なおさら気まずいではないか。
  フレイも伊織とアルヴィンの様子に気づいて一度振り返ったが、そのまま何も言わずに前に向き直ってしまう。

  これって、どうなんでしょ。
  まさか異世界では、かなり普通な事?
  たとえココでは普通でも、こっぱずかしくてたまらない。さりとて目を閉じて死んだフリをするわけにもいかず。
  脳内でじたばたと暴れ続けるしかなかった伊織にとって、唯一の救いは、目的の部屋までそれほど遠くなかったことだった。

 「どうぞこちらへ」

  その部屋は、白壁の居室だった。
  大きなソファは臙脂色の布張りで、綺麗な刺繍がほどこされていた。
  飴色をした優美な曲線を描く足や角のテーブルといい、調度はけっこう耽美系だ。けれど壁は白一色で塗られ、所々に大きな緑のタペストリーが掛けられているだけだ。その簡素さが、家具の優美さを引き立てている。

  伊織はソファの上に、ゆっくりと降ろされた。アルヴィンが前かがみになると、伊織の目の前を彼の横顔が通り過ぎる。
  落ち着いてみるとますます綺麗だなと、伊織は感心してしまった。
  そして彼がこれほどまでに顔が良くなければ、伊織も自分の格好を気にすることもなかったのだろう。自分は面食いのつもりはなかったのだが、気楽にできないという位には、美形相手に心理的抵抗が発生するようだ。

 「ありがとう」

  靴のない事を気遣ってくれたアルヴィンに礼を言った。すると、ちらりとアルヴィンは伊織に視線をよこしてきた。

 「礼を言われるほどの事じゃない」

  そう答えてアルヴィンは別なソファに座る。
  伊織の向かい側がフレイで、お誕生日席の位置がアルヴィンだ。
  フレイの丁寧な言葉といい、座る位置といい、アルヴィンはもしかしてフレイより地位のある人間なんだろうか。そういえばなんか、聞いたことのある名前のような……。
  その疑問はすぐに解消された。

 「まずは自己紹介をさせて下さい。私は近衛騎士として、王家の方々に仕える者です。その縁でユーキ殿とも親しくさせて頂いておりました」

  勇者な弟は、お城に住んでいたのだ。近衛騎士なら、悠樹と行動を共にすることも多かっただろう。冷静になってみれば、フレイという名前にも聞き覚えがある。

 「うちの悠樹がお世話になりまして……」

  伊織が頭を下げると、フレイに「どうぞ、私などに頭を下げないでください」と止められた。

 「そしてこちらは、我がトレド王国第三王子であるアルヴィン・リネー・トリーヴァルト殿下です」

  アルヴィンが、王子?
  王子という単語を聞いたとたん、とりとめもない思考が伊織の頭の中をぐるぐると回る。
  王子ってあれか。かぼちゃパンツ履いたり、カレールーのパッケージにプリントされてたり。いや違う、現実に帰ってこい伊織。ええとそうだ。外国のTVで良く見るオジさんも王子だっけ。王の息子だから王子。たとえ五十歳超えても王子……。
  伊織はよほど変な顔をしていたらしい。フレイがふっと笑った。
  それを見て伊織は正気に返る。

 「ええと、さっきは失礼をしまして……」

  ぎこちなくアルヴィンに言うと、彼は無表情のままうなずいている。すごく偉そうだ。いや、王子だから偉いのか。

  トレド王国は、弟の住む異世界の中でも、二番目に大きな大陸にある国だ。
  そんな国の王子様は、背もたれにふんぞりかえって足を組んでいる。またそれが様になるので、行儀が悪いのかどうか伊織には判断がつかなかった。

 「さて、この度イオリ殿をお呼びした理由をご説明いたします」

  フレイが説明してくれた。
  まず、悠樹は順調に勇者としての務めを果たしているそうだ。
  予定通り、世界の各地で魔を鎮めているという。

  だが、平和をとりもどした国が増えてくると、そんな悠樹に目をつける人々が現れた。
  彼らは悠樹を独占して、彼の功績を自国のものにしたいと考えたのだ。さらには彼の存在をちらつかせて、他国に対して主導権を握りたいらしい。

  曰く『勇者を擁する国が、他の国に対して威張れる』という特権を欲しがっているのだ。

  もちろん悠樹の母国たるトレド王国は、そんな主張をしたことはない。その常日頃からの善行が効いて、他国から「こんな動きを耳にしましたよ」と教えてもらったという。

 「これに関連して、ユーキ殿を自国に繋ぎ止めるエサとして、彼の親族を誘拐する計画があるんです。実際わが国の者に接触して、ユーキ殿の親族について聞きだそうとした者を捕らえています。今はまだわからないだけですむかもしれませんが、やがて一か八か、勇者と同じく我々の世界の血を持つ者を目標に、召喚を行うようになります」
 「血を持つもの……って、それでわたしが標的に?」

  フレイがうなずいた。

 「そのためイオリ殿を急ぎ、我々の世界へお呼びしました。こちらの世界へ来てしまえば、異世界からの召還方法では相手側に連れ去られる心配はありません。また急なことでしたので、召喚に適した時まで間が無く、予告もなく術を行うことになってしまいました。誠に申し訳ありません」

  謝罪され、伊織は恐縮してしまう。

 「い、いえ。とりあえずどうして唐突に呼ばれたのかはわかりました」

  実は狙われているといっても、伊織はまだ実感がわいてこない。そのおかげか、大分客観的に自分の状況について考えられる心理的余裕があった。

 「で、わたしは一体何をしたらいいんでしょう?」

  答えはもちろん一つだった。

 「相手を捕まえるまで、この城の中で静かにお過ごしいただきたい」

  伊織自身は戦力にならないので、当然そうなるだろう。
  そしてフレイは「命に代えても必ずお守りします」という言葉と共に、椅子から降りて目の前で膝をついてお辞儀してきた。
  大げさだと思ったが、それぐらい悠樹を大事に思っているということなのだろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

処理中です...