7 / 32
2章 勇者の姉、襲撃される
ようやく一休みです
しおりを挟む
夕食の後、伊織はようやく一人きりになった。
これからはもう眠るだけだ。何の用事もない。服も昼間よりは簡素な寝間着に替えてもらった。
女官達は着替えなどの用が済むと部屋から退出し、伊織は残ったルヴィーサとしばし歓談した。
彼女はお茶を入れながら、様々な話をしてくれた。
ルヴィーサが悠樹の世話係をしていたこと。小さな頃の悠樹は、広い城の中で何度も道に迷い、その度にルヴィーサが探し回ったらしい。成長すると、二番目の王子と度々城外へ脱走しては、お目付け役のフレイに叱られるようになったという。
自分の世界にいるころと、あまり変わらない悠樹の日々を聞き、伊織はほっとする。
そうか。あの子は一人でもちゃんとやれてたんだ、と。
悠樹の送ってくる手紙でしか状況を知りようもなかったので、無理をしているんじゃないかと、どこか心配していたのだ。もちろん、我慢しなくちゃいけない事も沢山あっただろう。けれど勇者になると決めたのは、あの子自身だ。
悠樹はその決意を貫いて、この世界に一生懸命に溶け込んだのだろう。
「あと、今でも思い出すのは、悠樹様の母君のことですね」
ルヴィーサは、懐かしむように言葉を続けた。
「本当におだやかな方で。最初は異世界へ迷い込まれ、そこで暮らしていた方ときいて、私達のように城で働いている者はみんな、どんな豪傑かと想像していたんですよ」
故郷へ帰った母親の話に、伊織は目を見開いた。
悠樹について行った母は、その一ヶ月後に災害にあって亡くなってしまった。親族の家を訪れる途中、崖崩れで土砂の下敷きとなったのだ。
そのため短い間しか王宮に滞在していなかったので、誰も母のことを覚えていないだろうと思っていたのだ。
「それでは、ごゆっくりとお休みなさいませ」
お茶を飲み終えるのを待って、ルヴィーサは退室した。
思わずほっと息をついてしまう。どれだけ気遣ってもらえても、初めての場所や人と接するのに慣れるまで、緊張してしまう。
伊織は肩をぐるぐる回しながら、なにげなく窓に近寄った。
既に日は暮れて、窓の外は真っ暗で何も見えない――わけでもない。
カーテンをちょっとめくって外を見て、伊織は「これがそうなんだ」と呟く。
王宮の庭に生えているだろう木々のシルエットの向こうに、煌く宝石のような輝きがちらちらと見える。十字の先端に飾りをほどこしたような光の並び。悠樹が手紙で教えてくれた通りの、トレド王都の夜景だった。
そこでふっと思い出したのは、アルヴィンの名前を聞いたことがある理由だ。
確か悠樹が、王宮の人について手紙に書いてくれていた。その中に、アルという名前があったはず。三兄弟の末っ子で、悠樹と同い年の王子がアルだった。
「……ってことは、わたしより歳下?」
なぜか微妙にショックだった。
まぁいい。それより何度も読み返したはずなのに、記憶がおぼろげになってる方が問題だった。
特にここ半年は、悠樹が勇者業に忙しくて手紙はもらえなくなっていた上、受験だなんだと伊織の方も手紙から遠ざかっていたので仕方ない。
異世界からの手紙は、満月の夜、決まった場所に忽然と現れる。
魔法が使える人間しかできないのだと、弟が最初の頃に書いてくれていた。異世界にものを送る魔法は結構大変だけれど、家族と離れて移住してくれた悠樹のためにと、王様が定期的に出す許可をくれているのだ。
そんなわけで、弟の背丈が今どれくらいなのかも、伊織には文面から察することしかできなかった。その上こちらがどんな様子かも手紙に書くしかない。文章では限界がある。
「結局今回も、あの子が戻ってくるわけにもいかないし、会えないよね」
寂しい思いをさせていた弟になにかしてやりたかった。助けられなかった母の代わりに。
「今度こそ……と思ったんだけど」
母や弟が異世界へ旅立つ前の日、伊織は夜中にうなされた。
土砂が降り注いで、重たくて、痛くて、何度も泣きながら目覚めた。
朝になって母に話そうと思った。だけど、妙にリアルで怖くて詳しい事は話せなかった。それを見た母は、寂しがって泣いたんだろうと、笑っていたのだ。
伊織もそう思うことにした。一ヶ月後に、母が土砂に埋まってなくなったと、異世界からの手紙で知らされるまでは。
何度知らせればよかったと後悔しただろう。悠樹にも、何度もごめんと書いて送った。
「結局あれはなんだったんだろ」
今でもよくわからない。その後は一度もそんな事は起きなかった。
とりあえず、悠樹に関する悪い夢は見たくない。
そう思いながら伊織は広すぎるベッドの中にもぐりこんで……夢を見た。
これからはもう眠るだけだ。何の用事もない。服も昼間よりは簡素な寝間着に替えてもらった。
女官達は着替えなどの用が済むと部屋から退出し、伊織は残ったルヴィーサとしばし歓談した。
彼女はお茶を入れながら、様々な話をしてくれた。
ルヴィーサが悠樹の世話係をしていたこと。小さな頃の悠樹は、広い城の中で何度も道に迷い、その度にルヴィーサが探し回ったらしい。成長すると、二番目の王子と度々城外へ脱走しては、お目付け役のフレイに叱られるようになったという。
自分の世界にいるころと、あまり変わらない悠樹の日々を聞き、伊織はほっとする。
そうか。あの子は一人でもちゃんとやれてたんだ、と。
悠樹の送ってくる手紙でしか状況を知りようもなかったので、無理をしているんじゃないかと、どこか心配していたのだ。もちろん、我慢しなくちゃいけない事も沢山あっただろう。けれど勇者になると決めたのは、あの子自身だ。
悠樹はその決意を貫いて、この世界に一生懸命に溶け込んだのだろう。
「あと、今でも思い出すのは、悠樹様の母君のことですね」
ルヴィーサは、懐かしむように言葉を続けた。
「本当におだやかな方で。最初は異世界へ迷い込まれ、そこで暮らしていた方ときいて、私達のように城で働いている者はみんな、どんな豪傑かと想像していたんですよ」
故郷へ帰った母親の話に、伊織は目を見開いた。
悠樹について行った母は、その一ヶ月後に災害にあって亡くなってしまった。親族の家を訪れる途中、崖崩れで土砂の下敷きとなったのだ。
そのため短い間しか王宮に滞在していなかったので、誰も母のことを覚えていないだろうと思っていたのだ。
「それでは、ごゆっくりとお休みなさいませ」
お茶を飲み終えるのを待って、ルヴィーサは退室した。
思わずほっと息をついてしまう。どれだけ気遣ってもらえても、初めての場所や人と接するのに慣れるまで、緊張してしまう。
伊織は肩をぐるぐる回しながら、なにげなく窓に近寄った。
既に日は暮れて、窓の外は真っ暗で何も見えない――わけでもない。
カーテンをちょっとめくって外を見て、伊織は「これがそうなんだ」と呟く。
王宮の庭に生えているだろう木々のシルエットの向こうに、煌く宝石のような輝きがちらちらと見える。十字の先端に飾りをほどこしたような光の並び。悠樹が手紙で教えてくれた通りの、トレド王都の夜景だった。
そこでふっと思い出したのは、アルヴィンの名前を聞いたことがある理由だ。
確か悠樹が、王宮の人について手紙に書いてくれていた。その中に、アルという名前があったはず。三兄弟の末っ子で、悠樹と同い年の王子がアルだった。
「……ってことは、わたしより歳下?」
なぜか微妙にショックだった。
まぁいい。それより何度も読み返したはずなのに、記憶がおぼろげになってる方が問題だった。
特にここ半年は、悠樹が勇者業に忙しくて手紙はもらえなくなっていた上、受験だなんだと伊織の方も手紙から遠ざかっていたので仕方ない。
異世界からの手紙は、満月の夜、決まった場所に忽然と現れる。
魔法が使える人間しかできないのだと、弟が最初の頃に書いてくれていた。異世界にものを送る魔法は結構大変だけれど、家族と離れて移住してくれた悠樹のためにと、王様が定期的に出す許可をくれているのだ。
そんなわけで、弟の背丈が今どれくらいなのかも、伊織には文面から察することしかできなかった。その上こちらがどんな様子かも手紙に書くしかない。文章では限界がある。
「結局今回も、あの子が戻ってくるわけにもいかないし、会えないよね」
寂しい思いをさせていた弟になにかしてやりたかった。助けられなかった母の代わりに。
「今度こそ……と思ったんだけど」
母や弟が異世界へ旅立つ前の日、伊織は夜中にうなされた。
土砂が降り注いで、重たくて、痛くて、何度も泣きながら目覚めた。
朝になって母に話そうと思った。だけど、妙にリアルで怖くて詳しい事は話せなかった。それを見た母は、寂しがって泣いたんだろうと、笑っていたのだ。
伊織もそう思うことにした。一ヶ月後に、母が土砂に埋まってなくなったと、異世界からの手紙で知らされるまでは。
何度知らせればよかったと後悔しただろう。悠樹にも、何度もごめんと書いて送った。
「結局あれはなんだったんだろ」
今でもよくわからない。その後は一度もそんな事は起きなかった。
とりあえず、悠樹に関する悪い夢は見たくない。
そう思いながら伊織は広すぎるベッドの中にもぐりこんで……夢を見た。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる