勇者の姉、召喚

奏多

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2章 勇者の姉、襲撃される

ようやく一休みです

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 夕食の後、伊織はようやく一人きりになった。
  これからはもう眠るだけだ。何の用事もない。服も昼間よりは簡素な寝間着に替えてもらった。

  女官達は着替えなどの用が済むと部屋から退出し、伊織は残ったルヴィーサとしばし歓談した。
  彼女はお茶を入れながら、様々な話をしてくれた。
  ルヴィーサが悠樹の世話係をしていたこと。小さな頃の悠樹は、広い城の中で何度も道に迷い、その度にルヴィーサが探し回ったらしい。成長すると、二番目の王子と度々城外へ脱走しては、お目付け役のフレイに叱られるようになったという。

  自分の世界にいるころと、あまり変わらない悠樹の日々を聞き、伊織はほっとする。
  そうか。あの子は一人でもちゃんとやれてたんだ、と。
  悠樹の送ってくる手紙でしか状況を知りようもなかったので、無理をしているんじゃないかと、どこか心配していたのだ。もちろん、我慢しなくちゃいけない事も沢山あっただろう。けれど勇者になると決めたのは、あの子自身だ。
  悠樹はその決意を貫いて、この世界に一生懸命に溶け込んだのだろう。

 「あと、今でも思い出すのは、悠樹様の母君のことですね」

  ルヴィーサは、懐かしむように言葉を続けた。

 「本当におだやかな方で。最初は異世界へ迷い込まれ、そこで暮らしていた方ときいて、私達のように城で働いている者はみんな、どんな豪傑かと想像していたんですよ」

  故郷へ帰った母親の話に、伊織は目を見開いた。
  悠樹について行った母は、その一ヶ月後に災害にあって亡くなってしまった。親族の家を訪れる途中、崖崩れで土砂の下敷きとなったのだ。
そのため短い間しか王宮に滞在していなかったので、誰も母のことを覚えていないだろうと思っていたのだ。

 「それでは、ごゆっくりとお休みなさいませ」

  お茶を飲み終えるのを待って、ルヴィーサは退室した。
  思わずほっと息をついてしまう。どれだけ気遣ってもらえても、初めての場所や人と接するのに慣れるまで、緊張してしまう。
  伊織は肩をぐるぐる回しながら、なにげなく窓に近寄った。

  既に日は暮れて、窓の外は真っ暗で何も見えない――わけでもない。
  カーテンをちょっとめくって外を見て、伊織は「これがそうなんだ」と呟く。
  王宮の庭に生えているだろう木々のシルエットの向こうに、煌く宝石のような輝きがちらちらと見える。十字の先端に飾りをほどこしたような光の並び。悠樹が手紙で教えてくれた通りの、トレド王都の夜景だった。

  そこでふっと思い出したのは、アルヴィンの名前を聞いたことがある理由だ。
  確か悠樹が、王宮の人について手紙に書いてくれていた。その中に、アルという名前があったはず。三兄弟の末っ子で、悠樹と同い年の王子がアルだった。

 「……ってことは、わたしより歳下?」

  なぜか微妙にショックだった。
  まぁいい。それより何度も読み返したはずなのに、記憶がおぼろげになってる方が問題だった。
  特にここ半年は、悠樹が勇者業に忙しくて手紙はもらえなくなっていた上、受験だなんだと伊織の方も手紙から遠ざかっていたので仕方ない。

  異世界からの手紙は、満月の夜、決まった場所に忽然と現れる。
  魔法が使える人間しかできないのだと、弟が最初の頃に書いてくれていた。異世界にものを送る魔法は結構大変だけれど、家族と離れて移住してくれた悠樹のためにと、王様が定期的に出す許可をくれているのだ。

  そんなわけで、弟の背丈が今どれくらいなのかも、伊織には文面から察することしかできなかった。その上こちらがどんな様子かも手紙に書くしかない。文章では限界がある。

 「結局今回も、あの子が戻ってくるわけにもいかないし、会えないよね」

  寂しい思いをさせていた弟になにかしてやりたかった。助けられなかった母の代わりに。

 「今度こそ……と思ったんだけど」

  母や弟が異世界へ旅立つ前の日、伊織は夜中にうなされた。
  土砂が降り注いで、重たくて、痛くて、何度も泣きながら目覚めた。
  朝になって母に話そうと思った。だけど、妙にリアルで怖くて詳しい事は話せなかった。それを見た母は、寂しがって泣いたんだろうと、笑っていたのだ。
  伊織もそう思うことにした。一ヶ月後に、母が土砂に埋まってなくなったと、異世界からの手紙で知らされるまでは。
  何度知らせればよかったと後悔しただろう。悠樹にも、何度もごめんと書いて送った。

 「結局あれはなんだったんだろ」

  今でもよくわからない。その後は一度もそんな事は起きなかった。
  とりあえず、悠樹に関する悪い夢は見たくない。
  そう思いながら伊織は広すぎるベッドの中にもぐりこんで……夢を見た。
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