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2章 勇者の姉、襲撃される
姉弟は似るものです
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「信じられなくても無理はないと思います。とにかくわたしは夢を見て、続き部屋にいる女官さんの様子を確認しようしたんです。そこに、寝室に知らない人が入ってきて……」
同じ内容を繰り返しながら、伊織は視線を部屋の隅に向けた。
そこには綺麗な青い水の入った、子供の背丈ほどの大きな時計がある。
水が循環して、針を動かしていく仕組みになっているらしい。元の世界と同じく、二十四時間で一日が変わるようだ。ただ、長針用の表示が十二までじゃなくて、二十四まできっちりあるところが違う。
今の時刻は、元の世界風に言うと午前一時。
この世界風だと一巡時。
現在の状況を整理すると、まず結局侵入者は捕まえたものの、自害したらしい。一方伊織は別室でルヴィーサに引き取られ、一生懸命冷やしてまぶたの腫れが治まったところだ。
平服に着替えてソファに腰掛けていた伊織の前には、あちこち走り回っただろうに平然とした顔のフレイと、同じく眠そうな顔一つしていないアルヴィンがいる。
伊織は目が冴えるどころか、しゃべっていないと気を失ってしまいそうなほど眠くてたまらない状態だった。あんな事件があった後だというのに。
これは体力の差なんだろうか、と伊織は思う。二人が羨ましい。
でも我慢しなくては。死んだ女官のためにも、早いうちに対策を立ててもらわないといけない。
話を聞いたフレイは、独り言のようにつぶやく。
「我が国にも予言者はいますが、大抵は魔法を使っての予言ですし……。夢で、というのは不思議としか言いようがありませんね」
ややしばらく黙り込んだ後、彼は再び口を開いた。
「だいたいの事情はわかりました。とりあえず、身辺警護のやり方を変えなくてはなりません。そこでイオリ殿、寝室に人がいても眠れますか?」
伊織は首をかしげる。それって、寝室の中にも人をつけるってことだろうか?
「ちょっと待って。それって女官さん?」
ストップをかけると、フレイがうなずいた。
「当然そうですが」
「じゃあ、何かあったらその人も犠牲になっちゃうじゃない!」
「仕方ありません。我々はユーキ殿の行動が阻害され、世界が滅びてしまうよりは、何人犠牲になってでもあなたをお守りする方をとります」
そう言い放ったフレイは、伊織にはひどく酷薄な眼差しをしているように見えた。
「自分が他国に囚われて、悠樹が思うまま世直しの旅ができなくなるより、誰かが死んだ方がマシだっていうの!?」
悠樹が勇者の業務を全うできなければ、世界が滅ぶのだ。悠樹が最優先なのは理解できる。
けれど伊織は違う。余計な色気を出した国さえいなければ、何の価値もなかったはずだ。そんな自分を守って、人が死ぬなんて想像するだけで具合が悪くなる。
でもフレイの心配もわかるのだ。だから伊織は最低条件を出した。
「戦えない人は、近づけさせないで下さい」
強い口調で告げた伊織に、ルヴィーサが声を上げた。
「イオリ様、寝室に男性をいれるおつもりですか?」
「女性で戦える人がいないなら、それでいいです」
「そんな、女性としての名誉に傷がつきますよ!」
ルヴィーサの心配もわかる。伊織だって女だ。できれば男の人がいる部屋、しかも相手が起きている状態の部屋で眠るのは遠慮したい。
それでもまた誰かが殺されるのはまっぴらごめんだった。
「ダメなら、守っていただく事を拒否します」
言いきった瞬間、室内の空気が凍りついたような気がした。氷みたいに凍てついた場の空気を乱したのは、アルヴィンだった。
「お前、死ぬ気か!?」
「万が一の場合には、悠樹に姉のことを気にするなと言って下さい。言いつけを破ったら縁を切るとでも伝えておけば、悠樹はわたしを盾に何か要求されても聞く事はないでしょう」
本当のところ、悠樹は自分の話を聞いたらすごく悩んでくれるだろうと思う。
でも、伊織自身は悠樹の邪魔をしたくはないのだ。その意志が伝われば、悠樹もわかってくれると信じていた。
「この馬鹿! さっきだって泣……痛っ!」
不覚にも泣いてしまった件を吐こうとしたので、思い切り足を蹴った。この世界の女性はそういうことをしないものなのだろう。アルヴィンは目を丸くして二の句も告げない様子だ。
さっきのアルヴィンが妙に格好よかっただけに、あれは本当に油断した。伊織とて、さすがに殺人死体を見るのは初めてで、ちょっとタガが外れてしまったのだ。
そこへフレイが答えを述べる。
「私はイオリ殿の案でもかまいません。側でお守りできるなら、その方が警備的には好都合です」
「フレイ様!」
ルヴィーサの抗議を遮ったのは、アルヴィンだった。
「なら、女官と兵を居間に。そして寝室の扉を少し開けておけばいい」
アルヴィンは足をさすりながら、投げやりな態度で発言した。
「勇者の姉に妙な噂がついても、ユーキのためにならない。けど、こっちとしては部屋の外だけの警護では不安だ。体裁は保てるわけだし、これで双方折り合ってもらおう」
なるほど。かろうじて同室するわけではないし、部屋の様子も伺える。
「仕方ありません……承知いたしましたわ。すぐに手配をいたします」
ルヴィーサさんも折れてくれた。彼女は早速傍に控えていた女官に指示を出した。
その途端、フレイが小さな声で笑いだす。
「フレイさん?」
いぶかしんでいると、彼は珍しく笑顔で応えてくれる。
「いえ、やはり姉弟は似るのだなと思いまして」
「はい?」
「ユーキ殿がご出発される時、陛下が心配して騎士団をひとつ付けるとまで言い出しまして」
は? と伊織は声をあげそうになった。騎士団ひとつというのが何人いるのか伊織にはわからないが、ガタイのいい男を何十人も連れてる勇者って、格好が悪すぎやしないだろうか。
想像し、伊織は呆れた。
姉としては護衛がてんこ盛りの方が安心できるが、魔と戦えるのは悠樹だけではなかっただろうか。それなのに他の人が沢山いても、あまり意味がないような気がする。
「ユーキ殿には、犠牲者が増えるだけだと断られました。それに大挙して行けば、魔のせいで弱体化している国が、侵略の下見にきたと疑心暗鬼にかられる恐れがあるからと。それでも陛下は、勇者に万が一のことがあってはと心配で、イオリ殿のことを持ち出したのです」
「わたしを? なんで?」
また笑い出したフレイに代わって、アルヴィンが教えてくれた。
「ユーキになにかあったら、残された家族はどれほど悲しむかと陛下は仰ったんだ。でもユーキは世界のためにも、万が一の事態は起こさないと言い切った。もしそうなっても、自分の意志を姉はわかってくれると」
伊織は顔に血が上るのを感じた。
確かに先程の自分も似たようなこと言った。けれど弟にそこまで信頼されてると他人の口から聞くのは、嬉しいやら恥ずかしやら。
笑いを納めたフレイが付け加えてくる。
「でも、その後こっそりユーキ殿が教えてくれましたよ。イオリ殿にお供をぞろぞろ連れて行ったってバレたら、ぜったいバカにされる。一生笑われるって」
「そりゃ確かに絶対バカにするだろうけど」
「え? 本当にバカにするのか?」
フレイの話しを肯定すると、アルヴィンが焦った表情になる。
「魔に効く力があるのって悠樹だけなんでしょ? 余計な人員連れて行ったって、自分のお世話でもさせるのか、勇者一行でございって旗持って宣伝するぐらいしか、やることないんじゃないの?」
言い返すと、アルヴィンは「いや……しかし、警護とか……」と口ごもる。
「しかもそんな人数いたら、目立ってこっそり行動したいときとかやり難いんじゃない?」
今度はぐうの音も出なくなった。
そこへ、別室の準備ができたとルヴィーサが呼びに来る。
伊織はようやく眠れそうだと、妙に重たい身体をひきずるように移動した。
同じ内容を繰り返しながら、伊織は視線を部屋の隅に向けた。
そこには綺麗な青い水の入った、子供の背丈ほどの大きな時計がある。
水が循環して、針を動かしていく仕組みになっているらしい。元の世界と同じく、二十四時間で一日が変わるようだ。ただ、長針用の表示が十二までじゃなくて、二十四まできっちりあるところが違う。
今の時刻は、元の世界風に言うと午前一時。
この世界風だと一巡時。
現在の状況を整理すると、まず結局侵入者は捕まえたものの、自害したらしい。一方伊織は別室でルヴィーサに引き取られ、一生懸命冷やしてまぶたの腫れが治まったところだ。
平服に着替えてソファに腰掛けていた伊織の前には、あちこち走り回っただろうに平然とした顔のフレイと、同じく眠そうな顔一つしていないアルヴィンがいる。
伊織は目が冴えるどころか、しゃべっていないと気を失ってしまいそうなほど眠くてたまらない状態だった。あんな事件があった後だというのに。
これは体力の差なんだろうか、と伊織は思う。二人が羨ましい。
でも我慢しなくては。死んだ女官のためにも、早いうちに対策を立ててもらわないといけない。
話を聞いたフレイは、独り言のようにつぶやく。
「我が国にも予言者はいますが、大抵は魔法を使っての予言ですし……。夢で、というのは不思議としか言いようがありませんね」
ややしばらく黙り込んだ後、彼は再び口を開いた。
「だいたいの事情はわかりました。とりあえず、身辺警護のやり方を変えなくてはなりません。そこでイオリ殿、寝室に人がいても眠れますか?」
伊織は首をかしげる。それって、寝室の中にも人をつけるってことだろうか?
「ちょっと待って。それって女官さん?」
ストップをかけると、フレイがうなずいた。
「当然そうですが」
「じゃあ、何かあったらその人も犠牲になっちゃうじゃない!」
「仕方ありません。我々はユーキ殿の行動が阻害され、世界が滅びてしまうよりは、何人犠牲になってでもあなたをお守りする方をとります」
そう言い放ったフレイは、伊織にはひどく酷薄な眼差しをしているように見えた。
「自分が他国に囚われて、悠樹が思うまま世直しの旅ができなくなるより、誰かが死んだ方がマシだっていうの!?」
悠樹が勇者の業務を全うできなければ、世界が滅ぶのだ。悠樹が最優先なのは理解できる。
けれど伊織は違う。余計な色気を出した国さえいなければ、何の価値もなかったはずだ。そんな自分を守って、人が死ぬなんて想像するだけで具合が悪くなる。
でもフレイの心配もわかるのだ。だから伊織は最低条件を出した。
「戦えない人は、近づけさせないで下さい」
強い口調で告げた伊織に、ルヴィーサが声を上げた。
「イオリ様、寝室に男性をいれるおつもりですか?」
「女性で戦える人がいないなら、それでいいです」
「そんな、女性としての名誉に傷がつきますよ!」
ルヴィーサの心配もわかる。伊織だって女だ。できれば男の人がいる部屋、しかも相手が起きている状態の部屋で眠るのは遠慮したい。
それでもまた誰かが殺されるのはまっぴらごめんだった。
「ダメなら、守っていただく事を拒否します」
言いきった瞬間、室内の空気が凍りついたような気がした。氷みたいに凍てついた場の空気を乱したのは、アルヴィンだった。
「お前、死ぬ気か!?」
「万が一の場合には、悠樹に姉のことを気にするなと言って下さい。言いつけを破ったら縁を切るとでも伝えておけば、悠樹はわたしを盾に何か要求されても聞く事はないでしょう」
本当のところ、悠樹は自分の話を聞いたらすごく悩んでくれるだろうと思う。
でも、伊織自身は悠樹の邪魔をしたくはないのだ。その意志が伝われば、悠樹もわかってくれると信じていた。
「この馬鹿! さっきだって泣……痛っ!」
不覚にも泣いてしまった件を吐こうとしたので、思い切り足を蹴った。この世界の女性はそういうことをしないものなのだろう。アルヴィンは目を丸くして二の句も告げない様子だ。
さっきのアルヴィンが妙に格好よかっただけに、あれは本当に油断した。伊織とて、さすがに殺人死体を見るのは初めてで、ちょっとタガが外れてしまったのだ。
そこへフレイが答えを述べる。
「私はイオリ殿の案でもかまいません。側でお守りできるなら、その方が警備的には好都合です」
「フレイ様!」
ルヴィーサの抗議を遮ったのは、アルヴィンだった。
「なら、女官と兵を居間に。そして寝室の扉を少し開けておけばいい」
アルヴィンは足をさすりながら、投げやりな態度で発言した。
「勇者の姉に妙な噂がついても、ユーキのためにならない。けど、こっちとしては部屋の外だけの警護では不安だ。体裁は保てるわけだし、これで双方折り合ってもらおう」
なるほど。かろうじて同室するわけではないし、部屋の様子も伺える。
「仕方ありません……承知いたしましたわ。すぐに手配をいたします」
ルヴィーサさんも折れてくれた。彼女は早速傍に控えていた女官に指示を出した。
その途端、フレイが小さな声で笑いだす。
「フレイさん?」
いぶかしんでいると、彼は珍しく笑顔で応えてくれる。
「いえ、やはり姉弟は似るのだなと思いまして」
「はい?」
「ユーキ殿がご出発される時、陛下が心配して騎士団をひとつ付けるとまで言い出しまして」
は? と伊織は声をあげそうになった。騎士団ひとつというのが何人いるのか伊織にはわからないが、ガタイのいい男を何十人も連れてる勇者って、格好が悪すぎやしないだろうか。
想像し、伊織は呆れた。
姉としては護衛がてんこ盛りの方が安心できるが、魔と戦えるのは悠樹だけではなかっただろうか。それなのに他の人が沢山いても、あまり意味がないような気がする。
「ユーキ殿には、犠牲者が増えるだけだと断られました。それに大挙して行けば、魔のせいで弱体化している国が、侵略の下見にきたと疑心暗鬼にかられる恐れがあるからと。それでも陛下は、勇者に万が一のことがあってはと心配で、イオリ殿のことを持ち出したのです」
「わたしを? なんで?」
また笑い出したフレイに代わって、アルヴィンが教えてくれた。
「ユーキになにかあったら、残された家族はどれほど悲しむかと陛下は仰ったんだ。でもユーキは世界のためにも、万が一の事態は起こさないと言い切った。もしそうなっても、自分の意志を姉はわかってくれると」
伊織は顔に血が上るのを感じた。
確かに先程の自分も似たようなこと言った。けれど弟にそこまで信頼されてると他人の口から聞くのは、嬉しいやら恥ずかしやら。
笑いを納めたフレイが付け加えてくる。
「でも、その後こっそりユーキ殿が教えてくれましたよ。イオリ殿にお供をぞろぞろ連れて行ったってバレたら、ぜったいバカにされる。一生笑われるって」
「そりゃ確かに絶対バカにするだろうけど」
「え? 本当にバカにするのか?」
フレイの話しを肯定すると、アルヴィンが焦った表情になる。
「魔に効く力があるのって悠樹だけなんでしょ? 余計な人員連れて行ったって、自分のお世話でもさせるのか、勇者一行でございって旗持って宣伝するぐらいしか、やることないんじゃないの?」
言い返すと、アルヴィンは「いや……しかし、警護とか……」と口ごもる。
「しかもそんな人数いたら、目立ってこっそり行動したいときとかやり難いんじゃない?」
今度はぐうの音も出なくなった。
そこへ、別室の準備ができたとルヴィーサが呼びに来る。
伊織はようやく眠れそうだと、妙に重たい身体をひきずるように移動した。
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