勇者の姉、召喚

奏多

文字の大きさ
16 / 32
4章 勇者の姉の意地

墓地での襲撃

しおりを挟む
 ちょうど鉄柵の門を抜けるところで、白壁の内側に広がる庭園が見える。その合間に白い柱がいくつも立っている。
  やがて馬車が止まった。
  扉を開けてもらった伊織は、傍にいたフレイの手を借りて馬車から降り立つ。そのまま息をのんで、辺りをぐるりと見回した。

 「王様のお墓って、広いのね……」

  何百メートルあるのだろう。遙か前方に白い教会みたいな建物がある。さきほど通った門までも同じくらいだ。一面同じような庭園になっていて、等間隔に並んだ白い柱がどこかの遺跡みたいな雰囲気を感じさせる。

 「あの奥にある聖堂が王家の陵墓。この柱の一本一本が、王家に仕えた者のための墓です」

 「柱が?」

  フレイが説明をしてくれる。
  つないだままだった手を、フレイが一瞬握ろうとしてすぐに離した。

 「ここに眠ることを許されたのは、王国を支え続ける礎を築いた者。その意味を込めて柱を作るのです」

  見上げても、フレイの表情は変わっていなかった。今のはなんだったのだろうと首を傾げながら、伊織は視線を戻した。

 「母のお墓は?」

 「あちらになります」

  先導してくれるフレイは、いつも以上に淡々としている気がした。が、とりあえず母の事を優先する。
  アルヴィンや他の騎士達に囲まれた伊織は、一本の柱の前に立つ。
  太陽の向きから考えて南に正面を向けた聖堂。そこに向かって左側。その列には他に柱がないことから、母の墓が一番新しいものなのだということがわかる。

  自分の身長の何倍もある柱の足下には、なめらかな白い石のプレート。掘られた文字は、母が教えてくれたこの世界の文字だった。

 『異世界へ渡り勇者を育んだミア・サクラ・エクダールここに眠る』

  元の世界では佐倉深亜と名乗っていた母。
  幼い頃から、故郷のことを語ってくれた。いつかは帰りたい。そして自分が帰れなかったとしても、子供達が訪れる事もあるかもしれないからと、異世界の文字を教えてくれた。

 「ずっと、夢だったもんね」

  どんなに父が愛してくれていても、母にとってあの世界は生きにくい場所だったようだ。今この世界に来てしみじみとわかる。ここと、伊織たちの世界は違い過ぎるのだ。文化も。考え方も。
  きっと故郷の土に帰れて、母はほっとしているだろう。

  でも。もうほんの少しでもいい。もっと故郷の空気を吸って、懐かしい人達と笑い合って、この世界が初めてだった悠樹を見守っていられる時間を過ごしてほしかった。
  自分が、きちんと話していさえすれば……。

  伊織は唇を噛みながら、ルヴィーサの渡してくれた花輪を手向ける。そのついでに、母の名前が刻まれたプレートに手を触れた。
  大理石みたいなつるりとした感触。
  手を当てた場所に自分の体温が移るのを待たず、伊織は立ち上がった。

 「もういいのか?」

  まだゆっくりしていてもいい。アルヴィンの声には、そんなニュアンスが込められている気がした。
  伊織はうなずく。

 「いいの。今はそれほどゆっくりしていられないでしょう? 何も心配がなくなった頃に、悠樹にお願いして呼んでもらうつもりなの。その時にもう一度……」

  不意に指先が寂しくて、首にかけていたお守りの青い石を握る。そのとたんに、伊織は言葉を止めた。
  脳裏をよぎった、地面ににじむ血のイメージ。

  ――まさか。

  そう思った時には、もう遅かった。
  大きな羽ばたきが聞こえたかと思うと、空から降り注いでくるものがある。
  それが矢だと認識できたのは、自分の腕を矢がかすった後だ。

 「イオリ!」

  傍にいたアルヴィンが庇い、そして有無を言わせず走らされる。
  周りは大騒ぎだった。地上の敵が相手ならば、ここにいる護衛の誰もが自信を持って対応できたに違いない。しかし相手は空だ。
  太陽の下を飛び回る影は三つ。地上の騎士達は、敵を見上げて右往左往するしかない。

 「早く乗れ!」

  目の前にせまる馬車の入り口。伊織は背中を押されるまま、飛び込むように中へ潜り込んだ。すぐに馬車の扉が閉じられる。

 「いった……」

  馬車の床に倒れ込んだ伊織は、ステップの段に打ち付けた足をさすろうと起き上がった。
  が、馬車が急発進してもう一度転がる。

 「……くぅっ」

  文句は言えない。とにかく自分は戦えるわけでも、すばしっこく逃げられるわけでもないのだ。
  再度起き上がって、座席に落ち着く。
  足を確認すると、案の定打ち身になっていた。と、自分の腕を伝う赤い筋にようやく気づく。矢がかすった場所から血が流れてきてる。何か巻いて血止しなくては。
  しかしその暇すらなかった。

 「………っ!」

  震動と共に馬車の天井を貫いて顔を出した鉄の矢じり。
  次いで息を飲んだ伊織を乗せたまま、馬車ががくんと左側に傾き、何かにぶつかった。
  衝撃で馬車の前方座席に跳ね飛ばされる。

  今度は肩を打った。傷口にも響く。痛い。
  立て続けに怪我をして、馬車のなかでシェイクされ、伊織は頭が真っ白になっていた。だからアルヴィンが来てくれなければ、そこから逃げ出すことさえ思いつかなかっただろう。

 「イオリ! 来い!」

  声に振り向けば、差し伸べられた手とアルヴィンの真剣な顔が見えた。
  伊織は無我夢中で彼に向って手を伸ばした。引き寄せられ、馬車から出ようとしたところで足が持ち上がる。
  着地と共に、アルヴィンが伊織を抱えたままその場に伏せた。
  アルヴィンの肩越しに空を見上げた伊織は、羽ばたく大きな白い翼と、持ち上げられていく馬車の姿を見つけて声も出なかった。

  大きな鳥の足に掴まれて、馬車が宙に浮いてる……。
  呆然とした伊織だったが、すぐに「立て!」と促され、ひきずられるように林の中へと移動した。
  背後で大きな音が聞こえた。建物を壊す時みたいな、おそらくは馬車を落とした音。
  逃げ出した伊織を見て、標的が乗っていない馬車など必要なくなったのだ。
  アルヴィンはなおも林の奥へ走り続ける。
  いつの間にかフレイも傍にいて、もっと向こうには騎馬の姿も見えた。

 「フレイ、伏兵はまだか!」

 「申し訳ありません、もう少し先に配置しております。この騒ぎを聞けばすぐに移動してくるはずですが……」

  アルヴィンの焦りの滲む問いに、冷静に答えるフレイ。
  その時、再び幻影が伊織の目の前をよぎった。
  急に視界が広がって、林の中を広く俯瞰する。その先には複数の人影。

  十人ぐらい?
  さっきまで護衛してくれていた近衛騎士とは違う服装だ。彼らに囲まれて、防戦一方になったフレイとアルヴィンの姿が見える。

 「止まって!」

  思わず叫んだ伊織は、自分が足を止めかけていたことに気づいていなかった。アルヴィンにひっぱられて転びそうになる。
  危ういところでアルヴィンに受け止められながら、急いで告げた。

 「この先に敵が……」

 「まさか、先日のように見えたのですか?」

  驚くフレイが周囲に視線を走らせる。
  その緊張した面持ちを見て、息が切れて咳き込みそうになったが、伊織はぐっとこらえた。
  アルヴィンは何も言わず、伊織を近くの木にもたれさせてくれた。そして剣を抜く。

 「フレイ」

  アルヴィンにフレイがうなずく。

 「包囲されるのだけは避けられたようです。イオリ殿はそこを動かれませんように」

  その声を合図に、前方から走ってくる者達の姿が見えた。
  さっきの幻の通り、少なくとも十人はいる。よれた朽葉色の胴衣を着て、剣を手にしている。
  生身の人間が、抜き身の剣を持って迫ってくる威圧感に、伊織は声を無くした。無意識に身体が震える。

  フレイは向かってきた相手を横凪ぎの一閃で切り裂いた。
  血しぶきに伊織が思わず目をそらすと、アルヴィンがそこにいた。アルヴィンもまた向かってきた一人の剣をはじき、相手の懐に飛び込んで倒す。

  剣がぶつかり合う音、相手のうめき声。
  思わず耳をふさいでしまったが、目だけは開けていた。
  何も見たくなかった。けど、自分のために戦っているのだと思うと、見届けなければならない気がした。でないと自分を守るために戦っているアルヴィンやフレイに、顔向けできない。

  血の色が空中を舞う。
  その時、三度目の妙な感覚が伊織の脳髄を震わせる。
  空から振る銀の筋。陽光を反射する矢じりが、フレイに突き刺さるイメージ。

  ――危ない。

  伊織はパニックになりながらも、何か無いかと手を地面に彷徨わせた。石と木の枝を掴んで、名前を呼ぶ。

 「フレイさん避けて!」

  フレイは振り向きもせず右に立ち位置をずらした。その間を埋めるように伊織は石を投げつける。自分のへなちょこ遠投では敵に当たらない。けれどそれでもよかった。
  フレイをめがけて飛んできた矢が、伊織の石を避けた敵の足に突き刺さった。
  呻く敵をフレイが屠る。

  地面に倒れた敵は、目を見開いたままだ。その視線が自分に向いた気がして、体が震えた。
  そして何度目かの背筋を駆け上るような感覚。
  今度は地面に吸い込まれる血の幻影と共に、伊織の意識は暗転していった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

処理中です...