勇者の姉、召喚

奏多

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4章 勇者の姉の意地

思い付きの検証と

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「あと、昼間の御礼を申し上げておりませんでした」

「昼間?」

「イオリ様が知らせて下さったおかげで、敵に備えることができましたし、矢を避けることができました」

「あ、あれですか。……自分でも未だになんでかよくわからないんですけどね」

 夜の襲撃を回避した時といい、自分を救ってくれた幻影は一体何なのか。元の世界でよく言う虫のしらせのような、正夢のような代物だ。
 すると、フレイが思いがけないことを言った。

「もしかしたら、亡くなったミア様がお守りしてくれているのかもしれませんよ」

「え?」

「この世界では、未来を先見するには精霊たちの力を借ります。そして人は、土に関わって亡くなれば大地の、水に関わって亡くなれば水の精霊になると言われています。本当に精霊になられたミア様が、あなたに未来を見せようとしているのかもしれませんね」

「でも私、魔法使えないし」

 魔法の呪文もしらないし、試したこともない。
 フレイは「私にも確信はありません」と答えた。

「ただ、あなたを守ってくれることは確かです。それに魔法のことは詳しくありませんが、例えばユーキ殿は魔法が使えません」

「え? 魔法ダメなの?」

 ゲームでよくある剣も魔法も使える勇者とは違うらしい。

「代わりに、魔法でも剣でも傷つけられない魔への対抗手段をお持ちです。だから逆に、勇者の予言がなされなかったイオリ様は、母君の血を継いで魔法が使えるのかもしれませんよ?」

「魔法の力って血筋でうけつぐものなの?」

「だいたいはそうです」

 そこで話は途切れ、フレイが伊織を送っていくことになった。フレイは茂みの向こうにいる衛兵を先に持ち場へ戻らせるため、伊織から遠ざかる。
 自分が蹴りつけた木の側で、伊織はなおもさっきの話について考えていた。

「勇者の力が無い代わりに、魔法が使えて精霊の知らせる未来を読み取ってた?」

 実にファンタジーな能力だ。
 その知らせてくれる相手が、死して後に精霊になった母だとしたら、こんなにも良いことはない。母がいつでも、側にいてくれるということだ。

「お母さん……」

 母が亡くなる前に見た物についても、別な精霊が教えてくれたということだろうか?
 伊織は少し悔しい気持ちになる。あの時にそこまで気づいていたなら、もっと別な未来が今あったのかもしれない。
 でも今でもまぐれあたりのように先が見えるだけで、自分ではコントロールできないのだ。それでもこれが魔法だというなら、何か切っ掛けがあって見えてるはずだ。

 とりあえず、今までのことを振り返ってみる。
 最初の襲撃。そして今日のこと。
 全部に共通しているのは何だろう。
 考えはじめた伊織は、ふと自分が無意識に青い石のペンダントを握っていることに気付く。

「……石?」

 初日にお守りとして渡されたものだ。
 しかしこれがあるからといって、すぐ魔法が使えるものだろうか? そもそも、母の未来を見た時は、こんな石など……。

「いや、まさか」

 遠く離れてしまう娘にと、母は自分が異世界にいたころからもっていた指輪をくれた。
 その日の晩に寂しさにあの指輪を身につけて眠ったのではなかったか。けれど指輪は伊織には大きかった。だから父が「大人になったらきちんと填められるようにサイズを合わせてあげるから」と、預かったはず。

 伊織はじっと青い石を見る。
 けれどこちらに来てから、この石は伊織の肌に触れていたのだ。もう一つ、何か要因があったはず……。
 そこで思い出したのが、血の幻影だった。伊織は思いついたとおりに、帯につけていたブローチを外す。

「いてっ」

 顔をしかめながらもブローチのピンを刺した人差し指に、ぷっくりと血が盛り上がる。

「…………」

 数秒待っても何も起こらない。
 ため息をついた伊織は、ふとフレイが戻って来ないことに気づく。
 レブラントの茂みの当たりを見れば、まだフレイはそこで話し込んでいるようだ。

 そういえば、シーグの訪問にしらんぷりして出てきたのだ。まだ戻って来ないと慌てているだろうルヴィーサに問い詰められた時のために、言い訳の内容を指南しているのだろうか。

 別な事が気になった伊織は、一時だけ手のことを忘れた。
 不意に意識が遠くなって驚き、赤い血の色に視界が覆われ、幻影のような映像が脳裏をよぎった。
 城の中だ。衛兵らしい人とフレイが、何かを言い争っている。

『今は無理だ。昨日の今日では……』

 何かを制止するフレイに、衛兵は飄々と答える。

『だからですよ。先ほどだって良い機会だったのに。そもそも、僭越ながらあなたの任務を実行しようとしたのに、まるで邪魔するような事をして。もろともに破滅する気ですか?』

 会話の内容に、首をかしげる暇もなかった。
 靴音が聞こえて伊織は我に返る。脳がぐらりと揺らされるような不快感に吐き気を感じた。

「うえっ」

 こらえながら、こんな夜の庭を歩いてくるのは誰だろうと振り向く。間もなく姿を現したのはアルヴィンだった。

「おまえ、何してるんだ? 兄上が探してたんだぞ? まさか一人で歩き回ってるんじゃないよな?」

「違うわよ。ちゃんと衛兵さんもフレイさんもそこに……うぅ」

 気持ち悪さにしゃがみこんだ伊織に驚いてか、アルヴィンが駆け寄って背中に手を当ててくる。

「なんだイオリ、まだ体調が悪いんじゃないか。なんで散歩なんかに出たんだよ?」

 伊織はすぐに返事ができなかった。
 昼間の件のせいじゃない。思えばあのときも、なんか気持ちが悪くて気を失ったのではなかっただろうか。失敗したと思いながらも、伊織は後悔していなかった。
 自分の指。もう固まり始めた血が、無意識に触れた青い石にくっついている。間違いない。あの不思議な未来を見る力が発現するきっかけは、石に血が触れることだ。

「おい、イオリ。生きてるか?」

 アルヴィンが話しかけてくる。

「ちょっと、休ませて」

 なんとかしゃべると、アルヴィンはそのまま自分も傍らに膝をついたまま待っていてくれる。やがてフレイも戻ってきたようだ。

「殿下、イオリ様は一体……?」

「なんかまだ具合が悪いらしい。兄上が訪問するというのに居ないっていうから、慌てて探してみれば……。兄上が苛ついて、侍従達が真っ青になってたのに。何考えてるんだ」

 アルヴィンが教えてくれたシーグの様子に、伊織は喉の奥で笑う。

「いい気味よ。あんた達、わたしに黙って人の事囮に使ったでしょう? これぐらいはさせてもらわないと」

 アルヴィンがぎくりとしたように身動きした。フレイは既に聞いていたことなので、何も言わない。

「囮っていうか……」

「囮以外の何なのよ? しかも人の親の墓地荒らすようなことして」

 盆と彼岸にお墓参りが習慣づいてる日本人としては、そこも許容しがたかったのだ。

「結局敵をおびき寄せて、誰か捕まえたんでしょう? それで城内の内通者も何人か捕まえた、と」

 そこまで確定できる証拠があったわけじゃないが、基本的に正直者なアルヴィンは思い切り釣り糸にひっかかってくれた。

「なんでそれを知ってる?」

「少し考えればわかるわよ。ついでにルヴィーサさんに口止めしたんでしょ? わたしを囮に敵を捕まえたはいいけど、あの作戦に関わって、何人死んだの?」

 馬車の中で見た、ルヴィーサの青ざめた顔。震える声。
 あんな表情でみんなは無事だと言われても、信じられるわけがない。

 アルヴィンはうつむいて答えられない様子だった。
 ちらっと視線をこちらに向けては、目が合うとそらしてしまう。
 怒られた子供みたいな行動だ。

 わかっている。アルヴィンがあんな囮作戦を実行できるわけがない。そもそも昨日必ず守るだなんて言い出したのは、この件があったからだろう。
 ……なんだか、自分の考えが胸に刺さった。 

 囮の件がなかったら、アルヴィンはあんな事を言わなかったかもしれない。そう思うと、ほんの少しでも浮かれた自分がバカみたいに思えてくる。
 でもいい。代わりに、この後ろめたさを利用させてもらうとしよう。

「悪いと思うなら……そうね、わたしの提案に賛成してほしいんだけど?」
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