私、ニセモノ令嬢から帝国皇子の愛され侍女になったようです

奏多

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15 侍女の休業日の過ごし方 2

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 アーステンと話していると、その隣にいたトールが笑う。
 天使の輪がある黒髪が、密かに綺麗だと思っている。伸ばして鬘にして売ったら、さぞかし高値で取り引きされるだろう。
 おかげで顔と名前が覚えやすくていい。

 そんなトールはにやりと笑う。

「なんにせよ、バレないように頑張れよ。今日はあっちに観客がいる」

 トールが顎で示したのは、練兵場が見える草地にちらほらと集まっている、淑女達の姿だ。
 危険だからと、近くには寄らないため、こちらからは相手の顔なども判別できないほど離れている。
 が、彼女達はなんとか遠目でも目当ての騎士を見つけようと、柵から身を乗り出している。

 今日は帝宮のどこかでお茶会があるらしく、貴族女性が時間より前にやってきて、騎士の訓練を眺めに来ているらしいのだ。
 これも帝国の貴族令嬢の、ちょっとした娯楽らしい。

「大丈夫ですよ。あの方々が見たいのは、セリウスさんじゃないんですか?」

 少し巻き気味の金の髪を首元でくくった騎士セリウスは、列の前の方で微動だにせず、隊長を待っている。
 すらりとした背丈といい、常識的な感性を持っているところといい、まさに王子様的な人だ。
 いかにいろんなことに疎い私でも、彼が皇子の近衛騎士の中で、一番人気だということはすぐに察した。

「いや、お前も目立ちやすい」

 トールはなおも譲らない。

「どこがですか?」

「一人だけ段違いにちっさいんだ。埋もれるより、妙に目立つだろ。まだ子供の年の騎士でも入ったのかって」

 私はその発言に少しだけ傷つく。
 そうか。女の子だとわかるからではないのか……。

「仕方ないじゃないですか。背丈ばっかりはもう伸びませんよ」

 そんな話をしていると、隊長がやってきて指示を出す。

「今日は三組に分かれて、一対多で打ち合う練習でもしてもらおうか。一の組はスヴェンが」

 スヴェンが首をすくめる。

「二の組はクラウス」

 どこかでうめき声が上がった。

「そして三の組はリリ。この三人が十人全員打ちのめすまで、止めるなよ。始めろ!」

「え、私!?」

「お前、昨日普通に訓練したいとか言い出したからじゃないか? ほら行くぞ」

 びっくりしていると、スヴェンがそう言う。
 まぁ確かに。
 だから私を訓練にがっつりと含めたのかと思えば、納得ではある。

 騎士達はさっさと広い練兵場に三組に分かれて移動していく。
 私は自分と同じ組らしいスヴェンに、練兵場の観客から一番遠い場所に誘導され……。
 練習用の刃を潰した剣をひっさげてついていった。

「さて子羊ちゃん。覚悟はいいかい?」

 同じ組になったトールがにやにやしながら剣先を左手の上で弾ませる。

「なんでそんなに楽しそうなんです?」

「昨日、俺はリリと打ち合いしなかったから。俺なら絶対負けないってのを実践したかった」

 どうやら他の騎士に勝ってしまったことで、戦意を燃やしたみたいだ。

「本当に大丈夫か?」

 やや心配そうなのは、最年長のグンナーだ。
 三十代の骨格のがっしりとした彼は、珍しくも庶民からの叩き上げだ。
 騎士隊長がその腕を買って引き上げたらしい。
 茶の髪を短くしているのは戦士らしい感じだが、顔は聖像みたいに穏やかなので、見た目からすると聖堂騎士と言われた方がしっくりする人である。

 しかし私より一回り年上のグンナー以外は、トールみたいにわくわくした顔をしていた。
 よっぽど女性との打ち合いが珍しくて面白がられているのだろう。
 嫌がられるよりはいいけど、ちょっといけすかない。

 ――できるだけ全員叩きのめす。

 私は俄然やる気を出した。
 それを見て取ったトールが動く。

「では、お相手願おうか」

 構える間もなく打ち掛かってくる剣を、私は受け止めずにかわした。

「あ、ずっけぇ! よけんな!」

「避けるなとは言われてないわよ!」

 そのまま横に一閃。
 それを避けたトールに構わず、横から来たディックの剣を受け流して懐に入った。

「うわっ!」

 剣の柄をめがけて刃先をたたき込まれ、ディックは思わず剣を取り落とす。
 よし一人。 

 しかしそこで安心してはいけない。
 背後から来た騎士を避けて、そのまま足払いをかける。
 剣を構えたまま倒れてくる同輩を避けて、剣を叩き落とされたディックが戦線離脱した。

 そこへ、グンナーと他二人が打ち込んでくる。
 正直、一番やりあいたくないのがグンナーだ。

 なにせ背が高い。
 しかも叩き上げなので、彼は傭兵的なずるい手を知り尽くしている。その上冷静だ。
 父親とも練習したことがあるとはいえ、やっぱり体格さがある相手はやりにくい。

 なんてことを考えている間にも、残った騎士が向かってくる。

 無言で振り下ろされた剣を避けて作った空間に、他二名の騎士が飛び込んできた。

 向かい合った私がぱっと思い出すのは、この世界の母が昔言っていた言葉だ。

(腕力が劣るなら、はじめから相手の剣を落とさせることを目的に打ち込むべし)

 片方の剣を受け流して腕を叩き、右からくる相手に蹴りを入れ、そのまま剣で畳みかける。
 さらに左の剣を握り直した相手に回し蹴り。

 再びグンナーと距離を開けたところで、背後に人がいるのに気付く。
 慌てて左に逃げて二人の剣が届く距離から逃れた。

「おーおーすばしっこいな。早く捕まった方が楽だぞ」

 向き直ってようやく、背後にいたのはトールだ。
 三人なんとか『倒し』たけれど、まだ七人残っている。

 グンナーが無言で間合いを詰めてくる。
 その横に並ぶトールが微妙にまた、横へ回り込む位置に付こうとしていた。その後ろを壁のように囲む他五名。
 睨み合いの末、七人が一斉に向かってきた。

 私はそこへ突っ込んだ。
 グンナーに向かうと見せかけ、直前でしゃがみ込んで二人転ばせる。
 その拍子に剣を落としてしまい、二人を倒したカウントに入れた。

 立ち上がって駆け抜けざまに、右手の一人に剣をたたき込んだ。
 場所を上手く狙えなかったが、思わぬ方向からの打ち込みに、その一人も剣を落とす。
 そこで振り返る。
 倒れた二人が邪魔してこちらに向かってこれなかったトール達も、体勢を立て直した所だった。

「足癖の悪い奴だな」

 トールが呆れたような感想を漏らす少し後ろで、グンナーが珍しくぽつりと言った。

「体の小ささを利用するなら、間違った戦法ではないな」

 グンナーにしろ、トールにしろ騎士達は背が高い。それを利用したことを言外に褒められたのと、やはり体力がついていかないせいか、私は少々気がゆるみかけていた。

「おっと隙アリ!」

 振り下ろされたトールの剣を、とっさに受け流そうとする。
 が、トールは器用に力の向きをかえ、真っ向から鍔迫り合いに持ち込んだ。

「コレをお前が避けてたのは知ってたんだけどな」

「分かってるならっ、手加減、して下さ、いっ」

 ぎりぎりと合わさった剣が自分の方へ倒れてくる。
 トールの力の強さに、早々に押し負けそう。
 なんとか逃れたいが、トールはそれを許してくれない。

「さっさと、負けを認めたらどうだ?」

 楽しげに押してくるトールは明らかに余裕がある。
 常に皇子の護衛に選ばれるだけあって、トールは強い。
 けど、負けるのは悔しい。

 私は一瞬力を抜いて、剣にかかる力を体の向きを変えることで逸らした。そのまま再び蹴りを入れようとした。
 が、それより先にトールが顔を近づける。
 そしてふっと耳に息を吹きかけられた。

「ーーーーーーーーーっ!!!」

 背筋がぞわっとして思わず悲鳴をあげそうになる。
 そしてぽこんと肩に剣を置かれて、私は我に返った。
 涙がにじむ視界の向こうには、満面の笑みを浮かべるトールがいる。

「俺の勝ちだな。さ、もう一戦やるか」

 卑怯者! と叫ぶより先に、私はトールの足を蹴りつけていた。
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