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第15話 - 第六王子
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「お見事でしたキース様。随分と腕を上げられましたな。私、感動いたしました」
「【この地に隠しているものがあるか】」
キースは、間髪いれずに、魔法を発動させる。ここは第七領、己の領地だ。【テーブル】が閉じたのなら、何も考えずに魔法を使えばいい。
だが、その強制質問は再び不発に終わる。キースの体内のマナが、空っぽになっていたのだ。
――【テーブル】が閉じたとき、僕のマナは「0」で、クロシェは「1」だった。
己のマナがクロシェに移動したのだ。しばらくは、自身のマナは空っぽのままだろう。
カールはこれを狙っていたのだ。【テーブル】で負けることなどどうでもよく、とにかくキースのマナを「0」にするのが、彼の勝利条件だったのだ。
強制質問など使わなくとも、ここには秘密があると雄弁に物語るに等しい行為なのに。
「あまりにも愚かだ。カール、どうなるかわかってるのか」
「カール様」
キースが詰るのを、クロシェが割って入り、止める。彼女は、固く目を閉じ、受け入れがたい現実と戦いながら、小さな唇から必死に言葉を吐き出していく。
「一つだけ、お聞かせください」
「……なんでしょうか、暗黒姫」
あんなにも朗らかな忠臣だった男は、いとも簡単に、彼女の蔑称を口に出す。そんな彼に対し、クロシェは、真摯に向き合うばかりだった。
「貴方に、我々への叛意があることを、許しましょう」
「……ほう」
飛び出したのは、そんな予想外の、許しの言葉であった。目を丸くするカールに向き合ったまま、彼女は語る。
「隠し事があることも許しましょう、マナーバトルを仕掛けたことも許します、私を、暗黒姫と呼んだことも、許します。――それらの行動が、本当に、貴方のマナーに従ったが故のことであるのならば」
クロシェは、双眸から精一杯貯め込んだ涙が溢れないように必死にこらえながら、必死に語り続ける。
「私は今でも、カール様を信じております。貴方が最善と考える道が、第六領へ与することならば、私はそれを支持いたします。……だから私たちは、ここに眠るものが、貴方のマナーに沿うものなのかを、確かる必要があります」
「確かめる……? ははは! 仮に、ですが、隠し物があるとして、私がそれを全力で隠すなら……貴方たちには、なにも、見つけることなどできませんよ」
「いいえ、そんなことはありません」
震える声は、そのときだけ、心地いいくらいに、言い切るのであった。
「真実は必ず、姿を見せます」
「……不愉快な方だ」
そう呟くと、カールは、傍の扉を静かに開いた。
「ここで管を巻いても、何も出やしませんよ。どちらにせよ、本日はお帰りいただいたほうがよいかと愚考しますが」
その不遜な物言いに、キースが、敵意を隠そうともしなくなったカールを睨んだ。
「覚悟しておくんだな、カール」
「ほう? なにを、ですかな」
「彼女を暗黒姫などと呼んだこと、を、だ」
「……ははは、おお、怖いものですね」
そう言うと、その貴族は、恭しく一礼をした。
険しい顔のまま、二人はその傍を通り過ぎ、無言のまま廊下を歩いた。そして、クライン家のエントランスホールまで出る。
その時、強烈な視線を、キースは感じた。
上階から、睨まれている。仰ぎ見ると――一人の少年が、王子を見下ろしていた。
上等な服を着て、艶やかな茶髪は美しく整えられている。その下の顔に付いている、目、鼻、口は、どことなく、カールの面影に似ていて。
――あれが、ルイス、か?
カールの一人息子、そして、キースの悪友、だという話だ。
なのに、なんだ、あれは、あの目に籠った、強烈な殺意は!
キースがなにか声を掛けようとした瞬間に、ルイスは振り返り、何処かへ消えてしまった。
二人はしばらくその場に立ち尽くし、混乱する頭を宥めていた。
あれほどの好漢が、なにかを隠していて、それを守ために手段を選ばなかった。そして、親友であるはずの少年も、敵意を抱いている。
ここには何が眠っている、それは、領地交換にどう関わってくる?
無論、この場で結論が出るはずもない。
「……行こうか」
ようやく絞りだしたキースの答えに、クロシェは頷き、彼らは外へ出た。
今はひとまず、話を整理する時間が必要だ。急ぎ、王子邸へ帰るしかない。
風が吹いていた。クライン家自慢の薬草たちは、空の下、葉を擦り合わせ、気ままな合唱を奏でている。
「【テーブル】の強制発動……あんなとんでもない魔術具は、相当な立場の者のみが、保有するものです」
「つまり、クライン家の背後には、誰かが付いている、と?」
「……考えられるのは、一人しかいません。それが、ここの秘密にどう関わってくるのかはわかりませんが、おそらくは――」
風が吹く。海鳴りのように、草がざわめく。そして、彼らが正面を向いたとき、いつの間にかそこには、人影があった。
「――よォ、なにやってんだよ……キーーーース? ひゃははははは」
長い黒髪に、病んだように黒い隈を刻んだ両目、痩せた体躯から発せられるのは、底知れぬ悪意が籠った挨拶だった。
「相変わらずグズだなァおい? 俺様にまだ挨拶がねえぞ? あァ?」
そいつは、あまりにも不遜で、下卑た笑みを浮かべながら、こちらに寄ってきていた。
だが申し訳ないことに、キースは彼が誰だかわからない。クロシェに助けを求めようと視線をやると――。
明らかに、おかしかった。
目を見開き、はっはっ、と荒い呼吸を繰り返し、顔色はみるみるうちに蒼白に染まっていく。
「クロシェ」
呼びかけ肩を揺するが、彼女は兄に返事をしない。代わりに、譫言のようにつぶやいたのは。
「ミ、ゼル……」
ある男の名前だった。そしてキースは正面を向く。呼気を荒くしている少女を眺め、実に心地よさそうに口の端を歪めている。
その名は、昨日、突貫でたたき込まれた知識の中にあった。
目の前の悪性の塊のような男の名。躊躇なく弱者を踏みつけられる破綻者。
彼こそはミゼル・ユークリッド。件の領地交換を持ち掛けた本人――第六王子その人である。
「【この地に隠しているものがあるか】」
キースは、間髪いれずに、魔法を発動させる。ここは第七領、己の領地だ。【テーブル】が閉じたのなら、何も考えずに魔法を使えばいい。
だが、その強制質問は再び不発に終わる。キースの体内のマナが、空っぽになっていたのだ。
――【テーブル】が閉じたとき、僕のマナは「0」で、クロシェは「1」だった。
己のマナがクロシェに移動したのだ。しばらくは、自身のマナは空っぽのままだろう。
カールはこれを狙っていたのだ。【テーブル】で負けることなどどうでもよく、とにかくキースのマナを「0」にするのが、彼の勝利条件だったのだ。
強制質問など使わなくとも、ここには秘密があると雄弁に物語るに等しい行為なのに。
「あまりにも愚かだ。カール、どうなるかわかってるのか」
「カール様」
キースが詰るのを、クロシェが割って入り、止める。彼女は、固く目を閉じ、受け入れがたい現実と戦いながら、小さな唇から必死に言葉を吐き出していく。
「一つだけ、お聞かせください」
「……なんでしょうか、暗黒姫」
あんなにも朗らかな忠臣だった男は、いとも簡単に、彼女の蔑称を口に出す。そんな彼に対し、クロシェは、真摯に向き合うばかりだった。
「貴方に、我々への叛意があることを、許しましょう」
「……ほう」
飛び出したのは、そんな予想外の、許しの言葉であった。目を丸くするカールに向き合ったまま、彼女は語る。
「隠し事があることも許しましょう、マナーバトルを仕掛けたことも許します、私を、暗黒姫と呼んだことも、許します。――それらの行動が、本当に、貴方のマナーに従ったが故のことであるのならば」
クロシェは、双眸から精一杯貯め込んだ涙が溢れないように必死にこらえながら、必死に語り続ける。
「私は今でも、カール様を信じております。貴方が最善と考える道が、第六領へ与することならば、私はそれを支持いたします。……だから私たちは、ここに眠るものが、貴方のマナーに沿うものなのかを、確かる必要があります」
「確かめる……? ははは! 仮に、ですが、隠し物があるとして、私がそれを全力で隠すなら……貴方たちには、なにも、見つけることなどできませんよ」
「いいえ、そんなことはありません」
震える声は、そのときだけ、心地いいくらいに、言い切るのであった。
「真実は必ず、姿を見せます」
「……不愉快な方だ」
そう呟くと、カールは、傍の扉を静かに開いた。
「ここで管を巻いても、何も出やしませんよ。どちらにせよ、本日はお帰りいただいたほうがよいかと愚考しますが」
その不遜な物言いに、キースが、敵意を隠そうともしなくなったカールを睨んだ。
「覚悟しておくんだな、カール」
「ほう? なにを、ですかな」
「彼女を暗黒姫などと呼んだこと、を、だ」
「……ははは、おお、怖いものですね」
そう言うと、その貴族は、恭しく一礼をした。
険しい顔のまま、二人はその傍を通り過ぎ、無言のまま廊下を歩いた。そして、クライン家のエントランスホールまで出る。
その時、強烈な視線を、キースは感じた。
上階から、睨まれている。仰ぎ見ると――一人の少年が、王子を見下ろしていた。
上等な服を着て、艶やかな茶髪は美しく整えられている。その下の顔に付いている、目、鼻、口は、どことなく、カールの面影に似ていて。
――あれが、ルイス、か?
カールの一人息子、そして、キースの悪友、だという話だ。
なのに、なんだ、あれは、あの目に籠った、強烈な殺意は!
キースがなにか声を掛けようとした瞬間に、ルイスは振り返り、何処かへ消えてしまった。
二人はしばらくその場に立ち尽くし、混乱する頭を宥めていた。
あれほどの好漢が、なにかを隠していて、それを守ために手段を選ばなかった。そして、親友であるはずの少年も、敵意を抱いている。
ここには何が眠っている、それは、領地交換にどう関わってくる?
無論、この場で結論が出るはずもない。
「……行こうか」
ようやく絞りだしたキースの答えに、クロシェは頷き、彼らは外へ出た。
今はひとまず、話を整理する時間が必要だ。急ぎ、王子邸へ帰るしかない。
風が吹いていた。クライン家自慢の薬草たちは、空の下、葉を擦り合わせ、気ままな合唱を奏でている。
「【テーブル】の強制発動……あんなとんでもない魔術具は、相当な立場の者のみが、保有するものです」
「つまり、クライン家の背後には、誰かが付いている、と?」
「……考えられるのは、一人しかいません。それが、ここの秘密にどう関わってくるのかはわかりませんが、おそらくは――」
風が吹く。海鳴りのように、草がざわめく。そして、彼らが正面を向いたとき、いつの間にかそこには、人影があった。
「――よォ、なにやってんだよ……キーーーース? ひゃははははは」
長い黒髪に、病んだように黒い隈を刻んだ両目、痩せた体躯から発せられるのは、底知れぬ悪意が籠った挨拶だった。
「相変わらずグズだなァおい? 俺様にまだ挨拶がねえぞ? あァ?」
そいつは、あまりにも不遜で、下卑た笑みを浮かべながら、こちらに寄ってきていた。
だが申し訳ないことに、キースは彼が誰だかわからない。クロシェに助けを求めようと視線をやると――。
明らかに、おかしかった。
目を見開き、はっはっ、と荒い呼吸を繰り返し、顔色はみるみるうちに蒼白に染まっていく。
「クロシェ」
呼びかけ肩を揺するが、彼女は兄に返事をしない。代わりに、譫言のようにつぶやいたのは。
「ミ、ゼル……」
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