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第17話 - 義妹
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「第六王子……ミゼルが、私たちをあれだけ敵視しているのは、理由があります」
すっかり空も黒く染まり、三つの月光が窓から差している。
あれから王子邸へ帰還し、しばらく休息をとったクロシェは、両手にカップを持ちながら、滔々と語り始めた。
まだ十分に気持ちを取り戻したとは言えず、カップを握る指が微かに震えているのがわかる。
「九人の王子たちは、第一王子派か、第二王子派の、どちらかの派閥に属しています。第一王子が治める第一領は、圧倒的な軍事力が特徴で、彼自身も苛烈な思想を持っています。現状維持を否定し、より激しく、より強硬な外交と戦争を、各国に仕掛けるべきだ、という方針を打ち出しているのです。第六王子も、ここに属しています」
自身より立場が下の者を、徹底的に軽視し、弄ぶ。そんな性根を、嫌でも感じ取った。成程、その気質は、第一王子の理念と合致するのかもしれない。
「対する第二王子は、平穏こそが第一の平和主義です。第一王子の哲学とは真っ向から対立しております。本当なら力で押さえつけられてもおかしくはないのですが、第二領は、この国全体の一大食料生産地となっていて、食料事情を握っています。強固な軍事力を持つ第一王子も、軽々には手をだせません。私たちは、この第二王子派に属しております」
「だから、異なる派閥の僕らは、敵そのものである、というのか」
これこそ分割統治なんていう妙な政策の弊害であろう。本来、協力すべきはずの王子たちが真っ二つに割れて兄弟喧嘩に勤しんでいるのだから。
キースは苛立っていた。不合理な内輪もめを理解して、ではない。
彼女が、話題を避けていることに対して、だ。
「兄妹じゃない、のか」
「……」
切り込んだ途端、彼女は貝のように口を閉ざし、何も言わなくなってしまった。
どうしてもその姿が、あの時、いいようにミゼルに嬲られ、打ちひしがれた彼女の背中が目に浮かび、口が先に出てしまう。
「所詮僕は他人だ。どこぞの異世界人だ。だけど、あんなにも言われて、何も返せない君を見て、悲しかったよ。同じ道を歩くんだろう? そんな重要なことを、どうして隠したん……」
そこまで言って、キースは椅子に深くもたれかかり首を振った。どうにも、熱くなりすぎた。
「いや、すまない。誰にでも言いたくないことは、あるもんな。忘れてくれ、話したくないのなら、詮索はするべきじゃない」
「……いえ、そう、ではありません」
クロシェは、うつむきながら、か細い声で、そう返した。
「……お話、すべき、だとは思っていました。私が、怯えていた、だけです。……そのとおり、私は、本来、ユークリッドの者では」
「クロシェ、いい、すまなかった。忘れてくれ、無理に言う必要はない」
「私の家は、焼かれました」
あまりに重たい告白だった。キースは思わず目を開き、クロシェを見やる。
彼女は、呼吸を整えながら、ゆっくりと、自身の言葉で語り始める。
「私の本来の名は、クロシェ・ストレイン。第一領で慎ましい土地を統治する、小さな貴族でした。兄弟たちと遊び、父母に愛される、そんな些細な幸せを追うだけの日々を過ごしていたのです。――ですが、ある日、第一王子の命により、我ら一族は、反逆の咎があるとして、罰せられることとなったのです」
彼女は、ぎゅっと、自分の腕をつかんだ。爪が突き立ち、肌が傷付くほど、強く握っていた。
「両親は問答無用で、処刑となりました。残された我ら兄弟も、同じ罪を背負い後を追うはずだったのですが……ある第一王子派の王子が、それにストップをかけました。『腐っても由緒ある貴族の血縁、有効活用すべきである』と。貴族の婚姻は有効な外交手段です。兄弟たちは、諸国へ売り飛ばされるように、婚姻・養子を結ばれ、散り散りになりました」
目に映る炎の色は、あまりに昏く。血を分けた家族の影すらもかき消す、陰惨に燻り続ける、呪いの火に他ならなかった。
「私も、どこかの国に売られるはず、でした、が。私が、あまりにも、愚か、だと。こんな馬鹿を外に出しても恥さらしにしかならない、と言われ、たらい回しの挙句、第七王子に、義理の妹として押し付けられることとなったのでした」
全ての財産を放棄して民を助ける、なんてことを、考え無しに言うような人物である。愚かという誹りも、ある種当然であろう。
彼女は、溢れ出る感情をなんとか抑えながら、話を続ける。
「父と母が、反逆だなんてことを企てるはずがないと、私は信じております。冷たい牢の中でも、辛い尋問の中でも、そう信じ続けておりました。――でも、第一王子派は、おもしろくなかったのでしょう。色々な、ひどい、こと、を」
反逆の証言を得るため、第一王子派の連中は、ストレイン家の尋問に力いっぱい協力したのだろう。色んな形の暴力を見せつけて。それはどれほど深く、彼女の心を傷つけたであろうか。
「その時、きっと心が、壊れてしまったのです。今も私は、上手く笑うことができません。そして、第一王子派の王子を見るだけで……息をすることすら、ままならなくなるのです」
それが彼女が抱えている、秘密であった。得体の知れない罪をかぶせられ、心を壊され、こんな貧しい領地に来させられた挙句に「暗黒姫」の汚名を付けられた。
それでも彼女は、立ち上がることをやめず、血反吐を吐きながら前へ進んでいる。
理由は、聞くまでもないだろう。
「それでも、反逆の真相を明らかにするまでは、私は、前に進まないといけないのです。父と母に罪はないと、必ず、証明してみせる。私には、それしか、ない、の、です……!」
「もういい」
キースはそう言い放ち、クロシェの言葉を止めた。
「よくわかったよ。あまりにも、むごい話だ」
「……すみません。こんな、つまらない話を」
「おかげで、やることは明確になった」
絶望に塗れた悲話を聞いて尚、キースは不敵に笑っていた。その姿は、頼もしくもあり、同時に、用意に近付いてはいけない、刃のような危うげさも感じられた。
「第一王子派のミゼルを、ボッコボコにしてやればいいんだろう? たったそれだけの話なのに、なにを無駄に悩んでいたんだろう。簡単な話だ」
「ぼ、ぼこぼこ……しかし、ミゼルは、あれでも第六王子。そんな簡単な相手では無く」
「約束するよ」
そう言うと、キースは彼女に近づき、両手の人差し指を突き出して、彼女の頬に当てた。
むに、と柔らかな感触を感じながら、クロシェの口端を上げて、笑顔を作り出す。
「必ず、君を、心の底から笑わせてみせる。ミゼルなんか、怖がる必要はない」
間近で二人は、見つめ合い、クロシェは思わず、目と話題を慌てて逸らしてしまう。
「あ――で、でも。では、具体的には、どうやって、領地交換に応じますか?」
具体策を求めらたキースは、手を顎に沿わせ、ふむ、と唸った。
「ウィンブームも見ておくべきか……いや、おそらく何も出てこないだろう。本命はクライン領だ。あそこに何かがある。けど、ミゼルに釘を刺されてしまった。無暗にあそこに手を出すのはよくないな。……とりあえずは、金策だ。領地交換が無くとも問題ない、と言い返せるような資金が欲しい。そのためには有能な人材を招き入れて、そして」
その時扉の奥から、ガラガラどんがらガッシャーンなんて激しい物音が響くと、不器用なメイドの「ひーっ! ご、ごめんなしゃーい!」なんて絶叫が聞こえた。
「人員を、整理しないと」
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あれから王子邸へ帰還し、しばらく休息をとったクロシェは、両手にカップを持ちながら、滔々と語り始めた。
まだ十分に気持ちを取り戻したとは言えず、カップを握る指が微かに震えているのがわかる。
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自身より立場が下の者を、徹底的に軽視し、弄ぶ。そんな性根を、嫌でも感じ取った。成程、その気質は、第一王子の理念と合致するのかもしれない。
「対する第二王子は、平穏こそが第一の平和主義です。第一王子の哲学とは真っ向から対立しております。本当なら力で押さえつけられてもおかしくはないのですが、第二領は、この国全体の一大食料生産地となっていて、食料事情を握っています。強固な軍事力を持つ第一王子も、軽々には手をだせません。私たちは、この第二王子派に属しております」
「だから、異なる派閥の僕らは、敵そのものである、というのか」
これこそ分割統治なんていう妙な政策の弊害であろう。本来、協力すべきはずの王子たちが真っ二つに割れて兄弟喧嘩に勤しんでいるのだから。
キースは苛立っていた。不合理な内輪もめを理解して、ではない。
彼女が、話題を避けていることに対して、だ。
「兄妹じゃない、のか」
「……」
切り込んだ途端、彼女は貝のように口を閉ざし、何も言わなくなってしまった。
どうしてもその姿が、あの時、いいようにミゼルに嬲られ、打ちひしがれた彼女の背中が目に浮かび、口が先に出てしまう。
「所詮僕は他人だ。どこぞの異世界人だ。だけど、あんなにも言われて、何も返せない君を見て、悲しかったよ。同じ道を歩くんだろう? そんな重要なことを、どうして隠したん……」
そこまで言って、キースは椅子に深くもたれかかり首を振った。どうにも、熱くなりすぎた。
「いや、すまない。誰にでも言いたくないことは、あるもんな。忘れてくれ、話したくないのなら、詮索はするべきじゃない」
「……いえ、そう、ではありません」
クロシェは、うつむきながら、か細い声で、そう返した。
「……お話、すべき、だとは思っていました。私が、怯えていた、だけです。……そのとおり、私は、本来、ユークリッドの者では」
「クロシェ、いい、すまなかった。忘れてくれ、無理に言う必要はない」
「私の家は、焼かれました」
あまりに重たい告白だった。キースは思わず目を開き、クロシェを見やる。
彼女は、呼吸を整えながら、ゆっくりと、自身の言葉で語り始める。
「私の本来の名は、クロシェ・ストレイン。第一領で慎ましい土地を統治する、小さな貴族でした。兄弟たちと遊び、父母に愛される、そんな些細な幸せを追うだけの日々を過ごしていたのです。――ですが、ある日、第一王子の命により、我ら一族は、反逆の咎があるとして、罰せられることとなったのです」
彼女は、ぎゅっと、自分の腕をつかんだ。爪が突き立ち、肌が傷付くほど、強く握っていた。
「両親は問答無用で、処刑となりました。残された我ら兄弟も、同じ罪を背負い後を追うはずだったのですが……ある第一王子派の王子が、それにストップをかけました。『腐っても由緒ある貴族の血縁、有効活用すべきである』と。貴族の婚姻は有効な外交手段です。兄弟たちは、諸国へ売り飛ばされるように、婚姻・養子を結ばれ、散り散りになりました」
目に映る炎の色は、あまりに昏く。血を分けた家族の影すらもかき消す、陰惨に燻り続ける、呪いの火に他ならなかった。
「私も、どこかの国に売られるはず、でした、が。私が、あまりにも、愚か、だと。こんな馬鹿を外に出しても恥さらしにしかならない、と言われ、たらい回しの挙句、第七王子に、義理の妹として押し付けられることとなったのでした」
全ての財産を放棄して民を助ける、なんてことを、考え無しに言うような人物である。愚かという誹りも、ある種当然であろう。
彼女は、溢れ出る感情をなんとか抑えながら、話を続ける。
「父と母が、反逆だなんてことを企てるはずがないと、私は信じております。冷たい牢の中でも、辛い尋問の中でも、そう信じ続けておりました。――でも、第一王子派は、おもしろくなかったのでしょう。色々な、ひどい、こと、を」
反逆の証言を得るため、第一王子派の連中は、ストレイン家の尋問に力いっぱい協力したのだろう。色んな形の暴力を見せつけて。それはどれほど深く、彼女の心を傷つけたであろうか。
「その時、きっと心が、壊れてしまったのです。今も私は、上手く笑うことができません。そして、第一王子派の王子を見るだけで……息をすることすら、ままならなくなるのです」
それが彼女が抱えている、秘密であった。得体の知れない罪をかぶせられ、心を壊され、こんな貧しい領地に来させられた挙句に「暗黒姫」の汚名を付けられた。
それでも彼女は、立ち上がることをやめず、血反吐を吐きながら前へ進んでいる。
理由は、聞くまでもないだろう。
「それでも、反逆の真相を明らかにするまでは、私は、前に進まないといけないのです。父と母に罪はないと、必ず、証明してみせる。私には、それしか、ない、の、です……!」
「もういい」
キースはそう言い放ち、クロシェの言葉を止めた。
「よくわかったよ。あまりにも、むごい話だ」
「……すみません。こんな、つまらない話を」
「おかげで、やることは明確になった」
絶望に塗れた悲話を聞いて尚、キースは不敵に笑っていた。その姿は、頼もしくもあり、同時に、用意に近付いてはいけない、刃のような危うげさも感じられた。
「第一王子派のミゼルを、ボッコボコにしてやればいいんだろう? たったそれだけの話なのに、なにを無駄に悩んでいたんだろう。簡単な話だ」
「ぼ、ぼこぼこ……しかし、ミゼルは、あれでも第六王子。そんな簡単な相手では無く」
「約束するよ」
そう言うと、キースは彼女に近づき、両手の人差し指を突き出して、彼女の頬に当てた。
むに、と柔らかな感触を感じながら、クロシェの口端を上げて、笑顔を作り出す。
「必ず、君を、心の底から笑わせてみせる。ミゼルなんか、怖がる必要はない」
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