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第18話 - お掃除騎士団
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「し、失礼しま~す……」
怯えるようなノックの音の後、ひょこりとマロンが顔を出した。
キースの部屋へ、おずおずと進み入る彼女は、今にも泣き出しそうな表情になっていた。
「王子様……こここ、この度はお日柄もよく、すばらしいいちにちをあなたさまのすばらしくごそうけんに……ええと、ええと」
「ああ、いいよいいよ、そんな挨拶。堅苦しいのは抜きにしよう、ね?」
「はぅ。はひ、すびばせん」
入念に勉強してきたであろう完璧な挨拶も、とんでもない緊張で台無しとなった。もう希望はないといった死んだ目で、涙声の謝罪を吐き出した。
そんなことは意に介さず、キースは話を続ける。
「マロンは、ここにきて、どれくらいだっけ?」
「私は……王子様に拾っていただいて……もう、一年ほどは経ちます。ほんとうにそのときの御恩は忘れられず……」
「長い間、よく働いてくれていたんだね」
過去形になっていることを察したマロンは、再び涙が溢れそうになるのを、ぐっと唇を噛みしめて耐えた。
「君は、率先してこの王子邸の掃除を買って出てくれている、と聞いているよ。見えないところもピカピカに拭いて、凄まじい執念で掃除に取り組んでいると。――だけど、それ以外の仕事は、どうにも、上手くいっていないみたいだね」
「いえ、その、私なりには、がんばって…………でも、そうです、はい」
お掃除は好きだった。目の前の汚れを何があっても落とす、という執念さえあれば、こなすことができるからだ。だけど、他のことは、人一倍、できなかった。
なので多くの仕事でクビになった。マロンは無能な働き者として、地元で有名だった。
第七王子に拾われたのは、そうやって己の無能さに嘆いているときであった。
一年も働けたのは奇跡に近く、雇い続けてくれるだけで恩を感じていた。だから、誠心誠意、一片の埃も残さぬよう、お掃除をしまくっていた。
だけどやっぱり、私は無能過ぎたのだ、とマロンは項垂れた。
ある日突然、雇い主から呼び出されるシチュエーションは、何百回も味わった。
彼の口から解雇を言い渡されたとしても、最後は感謝の気持ちを伝えて終わろうと思った。
「人には、向き不向きがある。僕は、第七領の主として、そこを整理しなきゃいけないんだよ」
「王子様……ほんと、今まで、私を使ってくださって、その」
「マロン。すまないけど、この辞令に従ってくれるかな」
そう言って彼は、一枚の紙を差し出した。そこには大きな文字で、何かが記されていた。
最低限の文字は読めるマロンは、おずおずとそれを受け取り、書かれていることを音読した。
「マロン・スチュアート。貴殿はこの日を以て……お、おお、お、『お掃除騎士団 騎士団長』に任命する?」
あまりにも予想外の文言が並んでいた。理解ができず、マロンは目を?マークでいっぱいにしたまま、主を見上げる。キースは、にこりと笑いかけた。
「そのお掃除スキルは、何物にも代えがたい。ただのメイドなんかに置いていたのが間違いなんだ。だから今日から設立する『お掃除騎士団』の、騎士団長に任せたい」
「お、お掃除騎士団……!」
「無論、騎士団長に相応しい待遇を考えたつもりだ。新しいお給料もそこに記されてる」
「ひ、ひえええッ! こ、こんなに貰っていいんですか!? き、騎士団長、しゅごい……!」
「とはいえ、心の準備もいるだろうからね。今日から一週間お休みを与えよう。地元に帰って、家族や友達に、大いに自慢するがいい」
「お、お休みまでッ! ひ、ひいいいいいい! なにがなにだか、あわわわわわわ」
「君がこれまで、どれだけ苦しい思いをしてきたかは、わかっている」
キースは天使のように微笑みながら、マロンの手を握った。
「それは、僕に言わせれば、他の雇い主が、君を上手く使いこなせなかっただけだ。だけど、今日からは騎士団の団長だ。自分を卑下して、情けない顔をしている暇なんてないぞ。来週から、これまで以上のお掃除を期待している!」
「……私、これまで、ほんとに怒られてばかりで、なにやってもだめだって、悩む日も多くて」
そう呟いて、顔を上げたマロンの両目からは、真珠の如く巨大な涙がぼろぼろとこぼれた。
「ごんなにうれじいこどがあるなんてしんじらればせん、いぎててよがった! う、う、うわーーーーん」
生まれたての赤子もかくやというくらい大きな声を上げて泣く彼女を眺めて、キースはうんうんと、微笑みながら頷くのであった。
怯えるようなノックの音の後、ひょこりとマロンが顔を出した。
キースの部屋へ、おずおずと進み入る彼女は、今にも泣き出しそうな表情になっていた。
「王子様……こここ、この度はお日柄もよく、すばらしいいちにちをあなたさまのすばらしくごそうけんに……ええと、ええと」
「ああ、いいよいいよ、そんな挨拶。堅苦しいのは抜きにしよう、ね?」
「はぅ。はひ、すびばせん」
入念に勉強してきたであろう完璧な挨拶も、とんでもない緊張で台無しとなった。もう希望はないといった死んだ目で、涙声の謝罪を吐き出した。
そんなことは意に介さず、キースは話を続ける。
「マロンは、ここにきて、どれくらいだっけ?」
「私は……王子様に拾っていただいて……もう、一年ほどは経ちます。ほんとうにそのときの御恩は忘れられず……」
「長い間、よく働いてくれていたんだね」
過去形になっていることを察したマロンは、再び涙が溢れそうになるのを、ぐっと唇を噛みしめて耐えた。
「君は、率先してこの王子邸の掃除を買って出てくれている、と聞いているよ。見えないところもピカピカに拭いて、凄まじい執念で掃除に取り組んでいると。――だけど、それ以外の仕事は、どうにも、上手くいっていないみたいだね」
「いえ、その、私なりには、がんばって…………でも、そうです、はい」
お掃除は好きだった。目の前の汚れを何があっても落とす、という執念さえあれば、こなすことができるからだ。だけど、他のことは、人一倍、できなかった。
なので多くの仕事でクビになった。マロンは無能な働き者として、地元で有名だった。
第七王子に拾われたのは、そうやって己の無能さに嘆いているときであった。
一年も働けたのは奇跡に近く、雇い続けてくれるだけで恩を感じていた。だから、誠心誠意、一片の埃も残さぬよう、お掃除をしまくっていた。
だけどやっぱり、私は無能過ぎたのだ、とマロンは項垂れた。
ある日突然、雇い主から呼び出されるシチュエーションは、何百回も味わった。
彼の口から解雇を言い渡されたとしても、最後は感謝の気持ちを伝えて終わろうと思った。
「人には、向き不向きがある。僕は、第七領の主として、そこを整理しなきゃいけないんだよ」
「王子様……ほんと、今まで、私を使ってくださって、その」
「マロン。すまないけど、この辞令に従ってくれるかな」
そう言って彼は、一枚の紙を差し出した。そこには大きな文字で、何かが記されていた。
最低限の文字は読めるマロンは、おずおずとそれを受け取り、書かれていることを音読した。
「マロン・スチュアート。貴殿はこの日を以て……お、おお、お、『お掃除騎士団 騎士団長』に任命する?」
あまりにも予想外の文言が並んでいた。理解ができず、マロンは目を?マークでいっぱいにしたまま、主を見上げる。キースは、にこりと笑いかけた。
「そのお掃除スキルは、何物にも代えがたい。ただのメイドなんかに置いていたのが間違いなんだ。だから今日から設立する『お掃除騎士団』の、騎士団長に任せたい」
「お、お掃除騎士団……!」
「無論、騎士団長に相応しい待遇を考えたつもりだ。新しいお給料もそこに記されてる」
「ひ、ひえええッ! こ、こんなに貰っていいんですか!? き、騎士団長、しゅごい……!」
「とはいえ、心の準備もいるだろうからね。今日から一週間お休みを与えよう。地元に帰って、家族や友達に、大いに自慢するがいい」
「お、お休みまでッ! ひ、ひいいいいいい! なにがなにだか、あわわわわわわ」
「君がこれまで、どれだけ苦しい思いをしてきたかは、わかっている」
キースは天使のように微笑みながら、マロンの手を握った。
「それは、僕に言わせれば、他の雇い主が、君を上手く使いこなせなかっただけだ。だけど、今日からは騎士団の団長だ。自分を卑下して、情けない顔をしている暇なんてないぞ。来週から、これまで以上のお掃除を期待している!」
「……私、これまで、ほんとに怒られてばかりで、なにやってもだめだって、悩む日も多くて」
そう呟いて、顔を上げたマロンの両目からは、真珠の如く巨大な涙がぼろぼろとこぼれた。
「ごんなにうれじいこどがあるなんてしんじらればせん、いぎててよがった! う、う、うわーーーーん」
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