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第41話 - マナーバトル:第六王子ミゼル⑥
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「まだ制圧完了の知らせが来ませんか、ミゼル兄様」
しきりに大窓を盗み見るミゼルに、キースがそう呼びかけた。ミゼルは驚いたように、弟の方を向く。
「外部から魔法で【テーブル】に介入することはできませんが、近くを通り過ぎるくらいのことはできる。第六領には、小動物を支配する魔法を使える者がいるらしいですね。僕らのことも、それで監視していたのでしょうか」
「うるせえ……! 上機嫌に、ベラベラ喋んな…!
「今のクライン家当主を抑えるのは、相当骨が折れますよ。なんせ相手は悪名高い冒険者だ。多数相手の戦いは慣れたものでしょう。数週間はクライン領に近寄れない。その間、第二領への密輸の証拠なんてものが残っていればいいですね」
「……俺の権限で、貴族の地位を剥奪させる」
「いや、それも無理筋でしょう。我々は各領地を任されてはいるが、貴族の任命は当主自身か、王――父上の裁量による。地位の剥奪も父上の許しがないといけない。それも何週間かかるんでしょうね」
「うるせえ……癪に障る奴だな、テメエ……!」
「わかってないなら教えてあげましょう」
キースの目が、爛と輝く。
「貴方は第二領取りのために、無茶な取引を敢行した。それに必要なのは、薬物畑の現場と、第二領との取引の記録だ。だが、貴方の手勢ではマリアを落とせない。証拠は掴めず、貴方の両手には、大した生産性のない領地と、莫大な借金が残っただけだ」
「……黙れ、黙れ、黙れ」
「工場の権利」
「……あァ?」
「貴方が提示した、クライン領を欲しがる理由です。工場を建てる土地がいるから、交換したい、と。当然ただの大義名分に過ぎないんでしょうが……新しく建設したい工場、というのは本当にあるんでしょう? 嘘にしては妙に具体的だし、万が一僕らがその工場案の有無を調べたとしても問題がないようにしていたはずだ。それの権利をくれれば、借金は帳消しにしてあげますよ。……ああ、建設地も必要ですね。ついでに、クライン領も返してください」
「てめえ……テメエ、手前……!」
絶体絶命だった。ひっくり返しようもない場面だった。全てが終わったと思っていた。
だが、状況は一変した。万事順調に進んでいたかと思われたミゼルたちが、崖際に追い込まれていたのだ。あまりに鮮やかな逆転劇だった。先ほどまでの勢いはどこへやら、ガレンの相貌は真っ青になっている。
ミゼルは己の顔に手を当てて、身体を細かく揺すっている。
――誰かが、笑っていた。金属を引っ掻くような、醜く、歪な笑い声であった。それは……崖際にいるはずの、ミゼルの笑い声だった。
「ひゃは、ひゃははははッ! すげえ、すげえよ、キース。素晴らしい逆転劇だ、負けちまうとこだったよ! 危なかった。クロシェがいなかったら、お前の勝ちだったよ!」
ミゼルは、隣のクロシェを強引に引き寄せ、頬を寄せた。
「その通りだ、工場の計画は、ある。いいぜ、奪ってみろよ。腹いせに、この女になにするかわかんねえけどよォ」
「……ミゼル。僕らは、クライン領と工場で許してやる、と言っているんです。クロシェには手を出さないでいただきたい」
「温いなァ、温すぎる! お前がこいつにご執心なのは知ってたが、切り捨てられないのはあまりに温い! ――立場は逆だぜ? クロシェを守りてえなら、借金と金剛鉄姫を取り下げろ」
結局はそこに行き着くのだ。あまりに強力な人質であった。簡単に見捨ててくれれば、どれだけよいだろう、と、クロシェはぎゅっと唇を噛んだ。
「泣くな」
そんな義妹を、キースは咎める。強く、厳しい目で見つめながら。
「戻ってくるって、決めたんだろう。なら泣く必要はない。胸を張れ。他人《ひと》のマナーなんかに、屈しなくていい」
「ひゃはははははははははははは! で、どーするんですか? この子、見捨てるんですかァ? わかってるよな、俺は絶対折れないぜ? この女を最大限、活用してやるよォ!」
「……ああ。考えたよ」
そう呟くとキースは、おもむろに立ち上がった。
それは、異様な体制だった。
中腰になり、右手の手のひらを見せるように前へ突き出して、発した言葉は。
「――お控えなすって」
しきりに大窓を盗み見るミゼルに、キースがそう呼びかけた。ミゼルは驚いたように、弟の方を向く。
「外部から魔法で【テーブル】に介入することはできませんが、近くを通り過ぎるくらいのことはできる。第六領には、小動物を支配する魔法を使える者がいるらしいですね。僕らのことも、それで監視していたのでしょうか」
「うるせえ……! 上機嫌に、ベラベラ喋んな…!
「今のクライン家当主を抑えるのは、相当骨が折れますよ。なんせ相手は悪名高い冒険者だ。多数相手の戦いは慣れたものでしょう。数週間はクライン領に近寄れない。その間、第二領への密輸の証拠なんてものが残っていればいいですね」
「……俺の権限で、貴族の地位を剥奪させる」
「いや、それも無理筋でしょう。我々は各領地を任されてはいるが、貴族の任命は当主自身か、王――父上の裁量による。地位の剥奪も父上の許しがないといけない。それも何週間かかるんでしょうね」
「うるせえ……癪に障る奴だな、テメエ……!」
「わかってないなら教えてあげましょう」
キースの目が、爛と輝く。
「貴方は第二領取りのために、無茶な取引を敢行した。それに必要なのは、薬物畑の現場と、第二領との取引の記録だ。だが、貴方の手勢ではマリアを落とせない。証拠は掴めず、貴方の両手には、大した生産性のない領地と、莫大な借金が残っただけだ」
「……黙れ、黙れ、黙れ」
「工場の権利」
「……あァ?」
「貴方が提示した、クライン領を欲しがる理由です。工場を建てる土地がいるから、交換したい、と。当然ただの大義名分に過ぎないんでしょうが……新しく建設したい工場、というのは本当にあるんでしょう? 嘘にしては妙に具体的だし、万が一僕らがその工場案の有無を調べたとしても問題がないようにしていたはずだ。それの権利をくれれば、借金は帳消しにしてあげますよ。……ああ、建設地も必要ですね。ついでに、クライン領も返してください」
「てめえ……テメエ、手前……!」
絶体絶命だった。ひっくり返しようもない場面だった。全てが終わったと思っていた。
だが、状況は一変した。万事順調に進んでいたかと思われたミゼルたちが、崖際に追い込まれていたのだ。あまりに鮮やかな逆転劇だった。先ほどまでの勢いはどこへやら、ガレンの相貌は真っ青になっている。
ミゼルは己の顔に手を当てて、身体を細かく揺すっている。
――誰かが、笑っていた。金属を引っ掻くような、醜く、歪な笑い声であった。それは……崖際にいるはずの、ミゼルの笑い声だった。
「ひゃは、ひゃははははッ! すげえ、すげえよ、キース。素晴らしい逆転劇だ、負けちまうとこだったよ! 危なかった。クロシェがいなかったら、お前の勝ちだったよ!」
ミゼルは、隣のクロシェを強引に引き寄せ、頬を寄せた。
「その通りだ、工場の計画は、ある。いいぜ、奪ってみろよ。腹いせに、この女になにするかわかんねえけどよォ」
「……ミゼル。僕らは、クライン領と工場で許してやる、と言っているんです。クロシェには手を出さないでいただきたい」
「温いなァ、温すぎる! お前がこいつにご執心なのは知ってたが、切り捨てられないのはあまりに温い! ――立場は逆だぜ? クロシェを守りてえなら、借金と金剛鉄姫を取り下げろ」
結局はそこに行き着くのだ。あまりに強力な人質であった。簡単に見捨ててくれれば、どれだけよいだろう、と、クロシェはぎゅっと唇を噛んだ。
「泣くな」
そんな義妹を、キースは咎める。強く、厳しい目で見つめながら。
「戻ってくるって、決めたんだろう。なら泣く必要はない。胸を張れ。他人《ひと》のマナーなんかに、屈しなくていい」
「ひゃはははははははははははは! で、どーするんですか? この子、見捨てるんですかァ? わかってるよな、俺は絶対折れないぜ? この女を最大限、活用してやるよォ!」
「……ああ。考えたよ」
そう呟くとキースは、おもむろに立ち上がった。
それは、異様な体制だった。
中腰になり、右手の手のひらを見せるように前へ突き出して、発した言葉は。
「――お控えなすって」
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