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第42話 - マナーバトル:第六王子ミゼル⑦
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「……は?」
聞きなれない言葉であった。何を言ったか理解できず、ミゼルは首を傾げる。
「お控えなすって」
その瞬間、キースのマナが「1」に増え、ミゼルのマナが「1」に減る、
「は……は? は、あ? え、は、なんだ、は」
「お控えなすって」
またその言葉だ。ミゼルは黙ってキースを見返した。何も返せない。再び、キースのマナが「2」に、ミゼルのマナが「0」になる。
「おい、おい、おい! 待て、待て待て待て、なんだ、それ。おい、お前、おい!」
「お控えなすって」
ミゼルのマナは「0」のままだが、キースのマナは「3」になる。
見聞きもしたことがない行為で、マナー違反が取られていく。対処法なぞわかるはずもない。ミゼルの額から脂汗が滲んだ。
カイネが静かに、苦笑いをしていた。
この世界の人間は、魂の奥深くに、従うべきマナーの在り処が刻まれている。【テーブル】においてこれは、絶対の法則として機能する。
だが、もし。異世界より来訪した人間の、魂の奥底に、全く別種のマナーが刻み込まれていたのなら。約定にも記されていないにも関わらず、正しいマナーとして世界に認識されることがあるのなら。
返答の術を誰も知らない、唯一無二の無双のマナー。それを、ユニークマナーと呼ぶ。
何故、彼が、こんなにも交渉に長けているのか。一通りのマナーに精通しているのか。刺客と張り合えるほどの護身術を身に着けているのか。陰謀に通じているのか。
それらの答えは、このユニークマナーに込められている。
キースが行っているのは、極東に伝わる口上――任侠と言われる闇の住人が使う、仁義と呼び習わされるマナーであるのだから。
「手前生国と発しますは、東京は新宿。稼業、九龍組十代目当主の跡継ぎ、九龍佑樹と申します。稼業、昨今の駆け出し者で御座います。以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します」
「なにを、言っていやがる……? クリュー? ははは……おい、ユニークマナー? 冗談だろ、キース、お前が、なんで」
キース……その正体は、暴力団、九龍組の跡取り、九龍佑樹である。巻き起こった抗争の最中、誰かに撃たれることで命を落とし、この世界にて新たな生を始めた。
その仁義は、相当に短縮されたもので、的確に指摘されれば逆にマナー違反を受けかねないものだが、そんなことは知ってるはずもなく、またマナー違反となる。
ミゼルのマナは「0」、キースのマナは「4」となる。
まるで、あの日の再現のようであった。第六領の王子邸で、無残に全てを奪われ、倒れ伏してたあの姿が、己の未来の姿であるように見え、ミゼルは震えた。
彼は血走った目で卓を見渡した。青ざめた顔で凍り付くガレン、滔々と仁義を発するキース……悠然と席に座るカイネ。彼女のマナは、いつのまにやら「0」になっている。
「……キースぅぅぅ! てめえ、さっき、俺のこと、呼び捨てにしたよなぁ! 兄を呼ぶときは兄様だろうが、そうだろうが!」
ミゼルはそう叫ぶ。キースはそれに対してなにも返さない。マナー違反が成立し、ミゼルのマナは「1」に戻る。
その瞬間、意を決して――カイネへ魔法を発動させた。
「ひれ伏せッ! 【跪け弱者】……ぁ、ぐぁああああああああああああああ!」
彼が発した重力魔法は、意外にも、彼自身に跳ね返り、ミゼルはその場に崩れ落ちる。
その様をみて、カイネが思わず噴き出した。
「ぷぷぷーっ! ご主人様を守ってるはずだから、このガキは無防備だって思った~? ざぁんねーん! あたしはずっと、あたしを守ってましたー! 二択外しちゃったね。かわいそー」
「ぐ……ぐ……グ」
カイネへ発せられた重力魔法は、彼女の周りを浮遊していた鏡によって阻まれ、返された。
もしもこれが決まっていたならば。互いにループの状態を作りだし、膠着に持ち込めた可能性があった。だが、護衛対象をキースに指定しない、カイネの気まぐれに刺されてしまった。
これは決定的な失着であった。キースの言葉が、強く、響く。
「マナーとは、弱者が強者に捧げるもんだって、ボクに言ったよな、ミゼル。そりゃ、とんだお門違いだぜ」
「……あ、あァ?」
「目の前の人間が、弱者か強者かも見抜けねえ奴が、宣っていい文句じゃねえのさ」
口調すら変化したキースは、真冬の月のように冷淡な瞳で、地に付す陰謀の主を見下ろした。
「陰謀も上等、国盗りも上等、金儲けも上等だよ。だけどな、ミゼル。ボクの女に手出すのは、違うだろ。人を貶め、傷付けるのがマナーだっていうのならよ――全部、ぶち壊してやるよ」
異様な、血の香りが立ち昇るようであった。それほどの迫力を背負い、キースは、敗者と化したミゼルを睨みつけた。
「このまま、てめえの領地が裸になるまで、毟ってやるよ。ムカつく奴は全部ぶちのめす。それが僕のマナーだ。ミゼル、それが嫌ならよ、どう落とし前つけるか、てめえの口から言ってみやがれ」
「……あ、ぁ、あ、アアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
苛烈な重力の中、ミゼルは折れなかった。折れず、絶叫して、自らの口から敗北宣言を出すことはしなかった。その間、どれだけキースにマナを奪われようと。
そして長い、長い時間が経ち。ミゼルのマナは「0」、キースのマナは「24」となった。
だから終わりを告げたのは。
「――もう、我々の負け、でございます。工場の権利、クライン領……クロシェ様の婚約破棄。三点をお約束致します。なのでどうか、ご容赦くださいませ」
ガレンが、悄然と項垂れて、そう宣言した。キースはガレンに向き合い、頭を掻いた。
「ユニークマナーの件は、他言しない。それも条件に加えて、【テーブル】の終了だ」
こうして、領地交換の【テーブル】は、幕を閉じるのであった。
聞きなれない言葉であった。何を言ったか理解できず、ミゼルは首を傾げる。
「お控えなすって」
その瞬間、キースのマナが「1」に増え、ミゼルのマナが「1」に減る、
「は……は? は、あ? え、は、なんだ、は」
「お控えなすって」
またその言葉だ。ミゼルは黙ってキースを見返した。何も返せない。再び、キースのマナが「2」に、ミゼルのマナが「0」になる。
「おい、おい、おい! 待て、待て待て待て、なんだ、それ。おい、お前、おい!」
「お控えなすって」
ミゼルのマナは「0」のままだが、キースのマナは「3」になる。
見聞きもしたことがない行為で、マナー違反が取られていく。対処法なぞわかるはずもない。ミゼルの額から脂汗が滲んだ。
カイネが静かに、苦笑いをしていた。
この世界の人間は、魂の奥深くに、従うべきマナーの在り処が刻まれている。【テーブル】においてこれは、絶対の法則として機能する。
だが、もし。異世界より来訪した人間の、魂の奥底に、全く別種のマナーが刻み込まれていたのなら。約定にも記されていないにも関わらず、正しいマナーとして世界に認識されることがあるのなら。
返答の術を誰も知らない、唯一無二の無双のマナー。それを、ユニークマナーと呼ぶ。
何故、彼が、こんなにも交渉に長けているのか。一通りのマナーに精通しているのか。刺客と張り合えるほどの護身術を身に着けているのか。陰謀に通じているのか。
それらの答えは、このユニークマナーに込められている。
キースが行っているのは、極東に伝わる口上――任侠と言われる闇の住人が使う、仁義と呼び習わされるマナーであるのだから。
「手前生国と発しますは、東京は新宿。稼業、九龍組十代目当主の跡継ぎ、九龍佑樹と申します。稼業、昨今の駆け出し者で御座います。以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します」
「なにを、言っていやがる……? クリュー? ははは……おい、ユニークマナー? 冗談だろ、キース、お前が、なんで」
キース……その正体は、暴力団、九龍組の跡取り、九龍佑樹である。巻き起こった抗争の最中、誰かに撃たれることで命を落とし、この世界にて新たな生を始めた。
その仁義は、相当に短縮されたもので、的確に指摘されれば逆にマナー違反を受けかねないものだが、そんなことは知ってるはずもなく、またマナー違反となる。
ミゼルのマナは「0」、キースのマナは「4」となる。
まるで、あの日の再現のようであった。第六領の王子邸で、無残に全てを奪われ、倒れ伏してたあの姿が、己の未来の姿であるように見え、ミゼルは震えた。
彼は血走った目で卓を見渡した。青ざめた顔で凍り付くガレン、滔々と仁義を発するキース……悠然と席に座るカイネ。彼女のマナは、いつのまにやら「0」になっている。
「……キースぅぅぅ! てめえ、さっき、俺のこと、呼び捨てにしたよなぁ! 兄を呼ぶときは兄様だろうが、そうだろうが!」
ミゼルはそう叫ぶ。キースはそれに対してなにも返さない。マナー違反が成立し、ミゼルのマナは「1」に戻る。
その瞬間、意を決して――カイネへ魔法を発動させた。
「ひれ伏せッ! 【跪け弱者】……ぁ、ぐぁああああああああああああああ!」
彼が発した重力魔法は、意外にも、彼自身に跳ね返り、ミゼルはその場に崩れ落ちる。
その様をみて、カイネが思わず噴き出した。
「ぷぷぷーっ! ご主人様を守ってるはずだから、このガキは無防備だって思った~? ざぁんねーん! あたしはずっと、あたしを守ってましたー! 二択外しちゃったね。かわいそー」
「ぐ……ぐ……グ」
カイネへ発せられた重力魔法は、彼女の周りを浮遊していた鏡によって阻まれ、返された。
もしもこれが決まっていたならば。互いにループの状態を作りだし、膠着に持ち込めた可能性があった。だが、護衛対象をキースに指定しない、カイネの気まぐれに刺されてしまった。
これは決定的な失着であった。キースの言葉が、強く、響く。
「マナーとは、弱者が強者に捧げるもんだって、ボクに言ったよな、ミゼル。そりゃ、とんだお門違いだぜ」
「……あ、あァ?」
「目の前の人間が、弱者か強者かも見抜けねえ奴が、宣っていい文句じゃねえのさ」
口調すら変化したキースは、真冬の月のように冷淡な瞳で、地に付す陰謀の主を見下ろした。
「陰謀も上等、国盗りも上等、金儲けも上等だよ。だけどな、ミゼル。ボクの女に手出すのは、違うだろ。人を貶め、傷付けるのがマナーだっていうのならよ――全部、ぶち壊してやるよ」
異様な、血の香りが立ち昇るようであった。それほどの迫力を背負い、キースは、敗者と化したミゼルを睨みつけた。
「このまま、てめえの領地が裸になるまで、毟ってやるよ。ムカつく奴は全部ぶちのめす。それが僕のマナーだ。ミゼル、それが嫌ならよ、どう落とし前つけるか、てめえの口から言ってみやがれ」
「……あ、ぁ、あ、アアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
苛烈な重力の中、ミゼルは折れなかった。折れず、絶叫して、自らの口から敗北宣言を出すことはしなかった。その間、どれだけキースにマナを奪われようと。
そして長い、長い時間が経ち。ミゼルのマナは「0」、キースのマナは「24」となった。
だから終わりを告げたのは。
「――もう、我々の負け、でございます。工場の権利、クライン領……クロシェ様の婚約破棄。三点をお約束致します。なのでどうか、ご容赦くださいませ」
ガレンが、悄然と項垂れて、そう宣言した。キースはガレンに向き合い、頭を掻いた。
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