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第43話 - エピローグ

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 夜空は煌めいていた。三つの月に負けない輝きで、星々は祝福をするかのように、夜の闇を照らす。その下で大いに飲み、騒ぎ、笑っている集団がある。
 第七領という小さく貧しい領地の、小さく慎ましい王子邸のベランダで。
 机や椅子を出し、食糧庫から出したとっておきのワインや料理を並べて、盛大に騒いでいる。

「ぴええええええええ! お嬢様ぁ~! わ、わ、わ、わたし、もうあえないがど~!」
「マロンさん。ごめんなさい、なんとか、帰ってこれました」
「ルイス! てめえ、なにサボってんだ! 酒をたらふく持ってこいオラ!」
「ねお菓子めっちゃ少ないんだけどー! ルイスきゅんお茶菓子はやくー!」
「くそ、なんで俺が……」
「キース、酔っちゃった……ふふふ。暑い、ね。ベッドにいこう」

 どさくさに紛れて脱ごうとしているミウを全員で羽交い絞めにして、キースから引き剥がす。
 その様子を、クロシェは、本当に楽しそうに、見つめていた。

「ふふ。皆さん本当に、楽しそう。あんなに、頼もしい方々なのに」
「あれだけ気持ちよく勝てればな。今日は羽目を外したいだろう」

 そんな騒ぎの中で、マリアがこちらを見て、いーっ、と舌を出した。
 ――彼女は、ゴネることもなく、あっさりと当主の座をカールに返した。
「領主とか柄じゃねえからな。返すわ」と。その視線の先には、クロシェがいて。

「ムカつく奴を全員ぶっ飛ばすまでが、契約だ。第一王子派? そのクソ共をぶっ倒すまでは、ここにいてやるよ、仕方ねえからな」

 そんなあまりに素直じゃない様子を、笑いながら見ていたことを今でも拗ねているのだろうか。キースと目が合う度に、ああして舌を出してくる。
 月花美人などと評されていた頃を思い出して、苦笑するしかなかった。

「……お兄様が、転生者だということを、打ち明けてしまわわれて、よかったでしょうか」
「ま、しょうがないよ。あの場では打ち明けることがベストだった」

 この場にいる全員が、キースの素性を知ることとなった。異世界から来た、裏社会の住人であることを。反応は様々であり、本心ではどう思っているかは、わからない。
 否。この中で、ただ一人……ルイスだけは、転生の真実を知らない。

「むしろ、いいのか、クロシェ。あいつは、兄殺しの――」
「……お兄様は、嫌われ者でした。第七領を貧しくさせました。だけど、その結果、しばらくは、そんな貧しい土地に手を出す者は消え……私は、気付けば平穏の中にいました。思い上がりかもしれませんが、私は、お兄様に、守られていたのです」

 かつての第七王子を語った、クロシェは目を閉じた。

「許すことは、できません。でも真実を知ってしまったら、彼はきっと、己を責めて……前を向けなくなる。その苦しみは、私が一番、知っております」

 キースはここに健在しており、故に罪も罰もない。クロシェがそれで良いと言うのであれば、彼から言うことは何もなかった。

「そうだな。ミゼルから奪った工場……自動人形の生産工場は、クライン領に設置する。薬物なんかに頼らず、必死に働いてもらうことで、罪も償われるだろう」

 工場自体は本当にあった。だが、汚染物質などというのは出鱈目であった。
 結局、全てを手にしてしまったこの転生者を、少女は眩しそうに見上げる。

「クロシェ。僕は所詮、転生した紛い物だ。けど、兄としての役目くらいは、果たすよ」

 からりと、爽やかな調子で、そう断言した。

「第七領を繁栄させ、散り散りになったお前の家族を取り戻そう。第一王子派なんて邪魔な奴は、容赦なく戦ってやる。少なくともそれまではずっと、僕はキースとして生きるさ」

 仲間たちが大声で騒いでいるのを聞きながら、そうやって笑いかけるキースを見上げ、クロシェは、ぎゅっと、己の手を握った。

「私は、こんなに、恵まれていて、よいのでしょうか」

 その義妹の姿が、あまりにも、愛おしく思える。――クロードが言うには。かつての第七王子が、マロンを雇い入れた理由が、普段笑顔を見せぬクロシェが、おっちょこちょいを晒すメイドを、少し微笑んで眺めていたから、なのだ。
 彼女を大切に思うのは、自身から発する心情か。それとも、この肉体に残された感情なのか。
 わからないが。それでもこの気持ち自体が本物であることは、誰にも否定できない。

「……今夜は宴だ。まずは、踊ろう」

 涙を零しそうになるのを、必死に堪えるクロシェ。その様を眺め、笑いながら手を伸ばした。
 闇の中で生きてきた少年の手と、光のように美しい少女の手が重なる。
 故に、踊る二人は、満天の星空のように輝いていた。 
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