女騎士・デイジー

笹椰かな

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アレスと呼ばれた女

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 ガシャンと大きな金属音を立てて、鎧姿の男が倒れる。倒れた男の身体の下からはおびただしい量の血液が流れ出てきて、地面を赤黒く染めていった。

「これで最後か」

 男の死体を見下ろして呟いたのは、赤銅の鎧を身に着けた女だった。その右手には、血で染まった細身の剣が握られている。

「よう、アレス。そっちは終わったのか」

 女と同じ赤銅の鎧を身に着けた男が、女へと近付きながら気さくに声を掛けてきた。女と男は同じ騎士団の一員――つまり仲間だった。だが、女は露骨に顔を歪めて男を睨み付けた。

「その呼び方はやめてもらおうか、アリスター」

 剣の切っ先のように鋭く光る眼光。それに恐れを感じた男――もといアリスター――は、素直に謝ることにした。

「すまん、すまん」
「アレスは男の神の名だ。それに私は、アレスと呼ばれるほど戦いに狂ってなどいない」

 女は迷い無く言ったが、アリスターにはそうは思えなかった。戦場での女の様子は、美しいドレスや化粧などという女らしい華やかなものが一切似合わない、鋼鉄の戦士のように見えるからだ。
 だからこそ、仲間内でアレスなんてあだ名を付けられているわけだが。しかし、どうやら本人はお気に召していないようだから、このあだ名を使うのはもうやめておこうとアリスターは思った。それにあんな風に睨まれたら、使いたくても使えないというのが正直なところだ。もし気にせずに使える奴がいるとしたら、会ってみたいものだと彼は思った。

「なら、アテナって呼ぶのはどうだ? 女神の名だぜ」

 今まで使用していた呼び名が使えなくなったがために出した代替だいたい案。アテナはギリシャ神話に登場する、知恵と戦いの女神の名だ。女にとっては、アレスよりはずっといい呼び名だろう。
 けれど、女は不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。

「あだ名など必要ない。私は私だ」

 女はそれだけ言うと、陣屋を目指して歩いて行ってしまった。その後ろを慌ててついて行きながら、アリスターは恐々と訊ねた。

「その、さ。お前の名前……なんつーんだっけ? 他の奴らとずっとアレスって呼んでたから、忘れちまって」

 それを聞いた女の足がぴたりと止まる。肩は小刻みに震えていた。間違っても、笑いを堪えているわけではなさそうだった。

「貴様のような無礼な男が仲間だとは……本当に癪に障る!」

 女は怒りながら叫ぶと振り返り、アリスターに向けて剣の切っ先を向けた。

「わっ!」

 情けなく悲鳴を上げたアリスターに対し、女は再び鼻を鳴らした後こう告げた。

「私の名前はデイジー・オルコットだ! よく覚えておけ!」

 女が意外にも可愛らしい名前を持っていたことに驚いたアリスターは、「随分と可愛い名前だな」と正直な感想を告げてしまった。
 馬鹿にされたのだと解釈したデイジーは目を釣り上げながら、さらに剣を突き出してきた。

「似合わないとでも言いたいのか!」
「そんなこと、ひとことも言ってねえだろ!」

 後退しながら、アリスターは冷や汗を掻いた。まったく、どうしてこうも好戦的なんだ。そう思いながら、アリスターは両手を宙に挙げて、降参のポーズをとった。
 それを見て、やっとデイジーが剣を下ろす。アリスターは無意識にほっと息を吐き出した。

「名前を言うといつも、似合わないと馬鹿にされる……」

 そっぽを向いたデイジーの呟きを耳聡く聞いたアリスターは、「なんだ、思っていたよりも女らしい奴じゃないか」と思った。それを本人へ正直に伝えてしまったアリスターが、またデイジーから剣を向けられたのは言うまでもない。
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